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『重症急性膵炎入院日記』

■ introduction 《入院前日》 2003年4月7日(月)
東京の桜はまだ散る様子もなく、イラク戦争は米英の攻撃が始まり、都知事戦の石原知事のポスターにいたずらした男は逮捕された。

この夜の酒は350ml発泡酒1本。焼酎ロックレモン割り1杯半。夜10時に膨満感をおぼえ、酒は切り上げ少し横になり眠る。酔いはまわらず。

突然嘔吐感がこみあげる。最初の嘔吐。トイレにかけもうとしたが間に合わずトイレのドアに向かってぶちまけた。こんなことは今まで一度もなく、嘔吐をこらえきれなかったことにかなりショックを受ける。
ぶちまけたものを掃除し、口をうがいしてから水を飲む。だがやがてその水も吐いてしまう。左腹の痛み増大し始める。その後も吐きに行く。
何度目かの嘔吐後、額、頭からの大量の発汗に愕然とする。フラフラになってきて「こりゃあマジでヤバイな」と思う。もはや立って歩くことが困難で、這いずるようにベッドへ戻った。救急車を呼ぼうかと思ったが近所の手前ハズカシイのでやめた。
イブAを通常の倍飲んでみたが腹の痛みはまったくおさまらず、眠れないまま朝になる。
(あとで医者に伝えたこのときの痛みに関しての表現。「腹から腸をひきずり出されぎゅーっとねじられているような痛みが断続的でなくずっと続いていた」)

■ 《入院1日目》 2003年4月8日(火)
(明け方、ほかの鎮痛剤を飲むが効く様子は見られず。痛みはさらに増大。まともに立ち上がれない。登山用のステッキをついて近所の医者いくことにした。わずか250mの距離だったが歩けないのでタクシーで行く。
触診で腸閉塞かもしれないと告げられる。検査必要とのことで他の病院へまわされることになった。待たせておいたタクシーで江東区住吉の社会福祉法人あそか会あそか病院へ)

(病院受付から看護婦に車椅子で外科外来へ運ばれる。すぐに検査。その場で重症急性膵炎と診断された。
血中アミラーゼは普通の人の10倍あるいは100倍(?)の数値と聞かされる。
何人かの医師、看護婦に押さえられ身体中に管がつっこまれる。絶対安静。右足首ベッドに縛られ固定。上腕に痛み止めの注射を打たれる。以後しばらくの記憶は不鮮明)


・ 医師所見
「H15.4.7 11:00pm 嘔吐4回、4.8 2:00amより上腹部激痛、他院より紹介来院。緊急入院となった」
・ 臨床徴候(該当した項目)
「重症感染症:白血球増多を伴う38℃以上の発熱に、血液細菌培養陽性やエンドトキシンの証明あるいは腹腔内膿瘍の認められるもの」
「出血傾向:消化管出血、腹腔内出血(Cullen徴候、GreyTurner徴候を含む)、あるいはDICを認めるもの」
・ 画像所見−CT Grade分類−
「4.?Grade?:膵の腫大は様々で、膵全体に実質的内部不均一を認めるか、あるいは膵周辺を越えて(胸腔、又は左側の後腎傍腔)炎症の波及や液貯留を認める」
・ 重症度判定及びStage分類
「重症度スコア10点 重症?Stage3(9〜14点) 致死率29%」
 社会福祉法人あそか会あそか病院 担当医師 根本 


(8日から10日までは絶対安静。幻覚、譫妄を見ている。筆記用具があっても筆記できる状態ではなかった。以後もしばらく同じような状態が続くが、メモ程度のものを取ることはできるようになった)


■ 《入院2日目》 2003年4月9日(水)
(血液濾過透析を行う。何度目のとき機械が不良になった。薬が切れると痛みで覚醒する。
夜、幻覚、妄想。天井についている照明がスライドして監視カメラが動いていると確信している。脈拍が140以上になると機械がピーと音を立てる。夜中でも看護婦がかけつけなにやら処置するが、オレの不信感は増大している。天井、床、壁の位置関係がよくわからなくなっている。自分がどの位置に立っているのか寝ているのか夢と現実が混濁している)

■ 《入院3日目》 2003年4月10日(木)
(水が飲めないのがつらい。看護婦にガーゼにくるんだ氷をもらい口に含む。絶対に飲んではいけないと釘をさされる。深夜、監視されているという妄想拡大。不信感から点滴等すべての管を自分ではずす。看護婦2人すぐに駆け付け口論となる。やってきた医者とも口論)

■ 《入院4日目》入院日記書き始める 2003年4月11日(金)
フランソワーズ来訪。ブラックジャック、メトロポリターナ、内外タイムス。

■ 《入院5日目》 2003年4月12日(土)
公彦、吉橋来訪。週刊マンガ(注・マンガ雑誌の意)、SPA。
ケン来訪。CD、CDプレーヤー、花。

(11、12日に初めて友人たちの来訪を受ける。寝たきり状態。ようやく幻覚、譫妄から脱却し始めるが、ちょっと会話しただけで疲労する。ケンとは5分も話していない)

■ 《入院6日目》 2003年4月13日(日)
フランソワーズ来訪。Tシャツ。

モリケン、アサコ来訪。花。Tシャツ。
(最初に病室に入ってきたときオレは寝ていたという。メモを残しふたたびやってきた)

■ 《入院7日目》 2003年4月14日(月)
フランソワーズ2時、6時。メガネ立て。

■ 《入院8日目》 2003年4月15日(火)
416大部屋移動する。14時半。

18時の検針(注・検温の意であろう)、8.4分。
看護婦が解熱剤入れてみるかどうか聞くので入れてもらうことにする。フラフラだ。
他の5人は食事終了。
オレはうがいのみ。うがいも楽しみのひとつである。もはや。

三越本館地下のフレッシュ・ジュースを何度も思い描いていた。
ストロベリー・ジュースとメロンジュース。氷たっぷり入れてもらって飲みたい。
本当はグラスでくれるとウレシイんだけど、たしか環境にアレしたくだらん容器なんだよな。魔法瓶を持って行っていっぱいにしてもらいたいくらいだ。

■ 快晴  《入院9日目》 2003年4月16日(水)
午後、両親。花の鉢を変えてもらう。
親父は妹に伝えたが、膵炎って何のことかわかなかったようだと言っていた。あのままにしていたら死ぬというのを聞いて初めて合点したらしい。

便通比較的少なくなった。
ブラックジャック(19)を読んでいるとフランソワーズ来訪PM7時半。
ノートとペンを持ってきてくれる。それと「ビックリ東京変遷案内」石黒敬という平凡社からの写真集を持ってきた。
まだこちらのオツムは夢の中。この程度の絵と図の量がちょうどよ。今のオレには。字ももう書けないし。

(注・この日まで産経新聞の販売店からもらったメモ用紙に書いている)

■ 快晴  《入院10日目》 2003年4月17日(木)
今日で入院10日目突入。絶食絶飲相変わらず続く。腹の痛み小康状態。
それより8度以上の熱が毎日続いている。こっちもかなりツライ。
16時から2回目となるCTスキャンでナースとともに1Fへ降りる。オレはもちろん車椅子。他のフロアーに行ったのはこの病院に来たとき以来と知りガクゼンとする。
絶対安静のツラさ。

19:30、フラリとハラダが来訪。六条麦茶、爽健美茶のペットボトルを持ってきた。ありがたいが飲めないのだよ、ハラダくん!
「それじゃイメージトレーニングということで…フォッフォッフォッ」とわかったようなわからないようなことを言いながら「また来るす」と笑って帰っていった。

解熱の点滴が終わった。
ハラダにも言ったが今日のオレの空想は三越のジューススタンドのストロベリーとメロンジュースに関するものばかり。
目を閉じると上アゴの奥にメロンの甘い香りが貼りついているのが感じられる。
鼻の奥から抜けてくる匂い。たまらん。

20時から「お江戸でござる」を見よう。
有料テレビ。基本的にNHKしか見ないな。それも興味ないニュースなら止めてしまう。シビアだ。口が乾いてきた。

■ 晴 26℃らしい  《入院11日目》 2003年4月18日(金)
膵炎の熱は朝から今日も強力に襲いかかってくる。6時の検温8.4分。

やっとテレビのある部屋に来たので、NHKのニュースを見る。もうイラクがトップでやることもなくなったようだ。ん〜なんだか早いな。

右、左、両手すでに点滴に耐えられる血管はなくなっているとナースは言う。
「加藤さん、午後から鎖骨の静脈に一本入れますからね」
これだと両方解放されるし、大静脈だから血管太いし液モレもないしと良いことづくめだ。

うがいが唯一の楽しみなんだけど、たとえ水道水でも口の中で、最低5秒なめまわすように水をいじくっているとほのかな甘味が生じてくる。これは唾液と混じってそう感じるのか。再び熱中してみる。

夜、フランソワーズとケンが相次いで来訪。
ケンは「more than this」のguestbook4/16ページをプリントアウトして持って来てくれた。
その他、差し入れ。「文春」、「ダ・カーポ」、「タンマ君」、「石原慎太郎主義賛同!!」←これはフランソワーズが図書館で借りたらしい。サンクス。
「ちょっと顔色良くなった」とケンに言われた。


魔法瓶にそれぞれ三越のストロベリージュースとメロンジュースをたっぷり入れてもらい、別の容器に氷をもらい、やや肉厚のグラスで乾杯しよう。
いずれは家のミキサーで作れるようになれれば良い。
サンドイッチを買ってランチとしゃれこみたい(4/18)
(注・同日にメモ書きしたもの)



■ 晴のち曇  《入院12日目》 2003年4月19日(土)
朝6時=7.6分、13時半=7.9分、17時=8度

頭痛もひどくなってきたので解熱剤の点滴を混ぜてもらうようにナースに頼んだのは18時過ぎだった。

それでもなお今日は調子良かった。
ケンから借りているCDの立派なファイルをベッドの上に拡げて寝ていれば、必ず何人かのナースが
「なんですか!これ」
「へえ〜CDいっぱいすごいですね」
と驚いている。中には
「どんな感じの音楽ですか」
と聞いてくれるウレシイナースもいる。

夕方、フランソワーズ来訪。「タンマ君?」を持って来てくれる。
mayaに夜TELしてくれるように頼む。
また、三越でストロベリージュースを飲んでくれるように頼む。そしてコマカイ報告を期待してみる。オレの想像と果たしてどう違うか。楽しみだ。

■ 曇  《入院13日目》 2003年4月20日(日)
水枕の水が溶け、後頭部から首にかけて筋肉痛が走り、夜中に目覚める。それでなくても熱による頭痛があるというのにかなわん。
ブヨブヨの温かくなった水枕をはずす。

朝の検温7.1分午前中は頭痛をやり過ごすように静かにしていた。13時半の検温7.4分。解熱剤入れてもらってないのに熱が下がり気味だ。頭痛も気になるほどじゃなくなってきた。

水道水でうがいをしているところへ藤平、真由美夫妻来訪。子供たちは家で留守番だという。
藤平はオレのHP、コラムを毎日読んでいたらしく「異変」に早くから気づいていたらしい。ケンから直接聞いてはいたがオレの容体を気遣い一週間見舞いを遅らせたらしい。
これからはちょくちょく寄らせてもらうと言って帰っていった。
その10分後、ドンキの袋を手にケン来訪。
こないだ話したうがい用のミネラルウォーターをいっぱい持ってきてくれた。ありがたい。
早速飲み、じゃない、味比べだ!

「volvic」「KIRINアルカリイオンの水」「安曇野の天然水(北アルプス系)」「サントリー天然水」南アルプス系)」「vittel」の5本。
まずは「volvic」対「KIRINアルカリイオンの水」だ。
「volvic」は落ち着いた軟水だ。水としてバラけない。あくまでも自然水を主張している。
「KIRINアルカリイオンの水」はやや硬め。なんか一手間工程を経ている気がする。ややとんがった「水」は、慣れるのに少し時間がかかりそうだ。「volvic」の勝利だな。
アルプス対決。「安曇野の天然水(北)」と「サントリー天然水(南)」。
口当たりの軽さは安曇野に軍配。どちらもやや金属臭がする。「サントリー天然水」の方が強く感じるのだが、それでも全体のまとまりはとれている。
ややクセのある「南アルプス」に軍配を上げるとするか。
最後はミックス。軟水感がさらに増す。

そんなことをしているとフランソワーズが来訪。mayaにTELしてくれた報告を聞く。ありがたいことだ。
三越のストロベリージュース、昨日はもうすでに売り切れで仕方なく「ストロベリーミルク」を注文したという。
暑さのせいもあるのかストレートフルーツジュースは売り切れるの早いそうだ。
JCBの機関雑誌「GOLD」を置いてってくれる。

ナースが水枕を持って来てくれたがどうも頭痛を助長している感が否めないので、今夜もはずすことにしよう。
しかし「volvic」にせよ「水道水」にせよ一度ゴクリと心ゆくまで飲みたいわ。

■ 曇→晴  《入院14日目》 2003年4月21日(月)
6時半の検温7.3分。14時20分は7.4分。18時20分7.1分。
熱が引き始めたのか身体がだいぶラクになった。
腹痛はまだある。
心臓の下あたりまで痛くなったが、医者の説明によるとこれも腹水のせいでありそれも珍しくないとのことだ。

午後レントゲンを撮りに1Fへ。
終わって帰ってくるとナースたちが新しいシーツに敷き変えてくれている最中だった。
部屋の前のロビーで初めて休む。
もちろん車椅子のままではあるが。

両親来訪。おふくろがオレのうがいがどれだけ今の唯一の楽しみと知ったかどうか知らないが、2リットルのペットボトル「大菩薩名水」を買ってきた。
ありがたい、なにはともあれ。
これで不味い水道水を口に含まなくても済むようになった。ケンから昨日もらった各種ミネラルはまだあるし、うがいが唯一の楽しみと書いたがうがいオンリーでこれらのミネラルウォーターを吐き出すなんて、よく考えなくてもずいぶんと贅沢だわ。
さてその贅沢をちょいとやるかな。

(BGM allen toussaint collection)

■ 晴  《入院15日目》 2003年4月22日(火)
検温は昨日よりいい結果だった。
朝6時45分=6.8分。13時20分=6.9分。18時10分=6.4分。平熱時に近い。6度台になると身体もかなりラクだわ。
昨夜は二度汗かいて起きた。下着代わりのTシャツも取り替えたし。

ところがなんと朝の回診で血便がどうのこうのと言っている。医者とナースがオレの血便がどうのと言っている。
「あの、何か?」と尋ねると
「いやいや、はいお大事に」

午後、中山先生が
「加藤さん、小さなイボ痔がありますね。ちょっと見せて下さい。ハイ、ちょっと痛いですよ。ハイもう大丈夫」
大丈夫じゃないぜ…。
今まで生きてきてオレは痔持ちじゃないってのが密かに自慢であったのだ。クソ、イボ痔だと…。
「下痢がつづいているんで痔の部分が切れて出血したのかもしれないですね。あとでお薬出しときますんで自分でやってみてください」
「自分でやるんですか」
「あ、看護婦にやらせてもいいですよ」
自分でやるわ。
薬がきた。弁当箱につけるような小さなマヨネーズみたいな容器だった。

便器に座り、カンで肛門を探しエイッ!とブチ込む。初めてよ。
だけど緊張したわりには意外と簡単に済んだ。
10日分の薬でイボ痔は消えるのだろうか。

19時20分過ぎにフランソワーズ来訪。
雑誌「metro min」、「ぱすねっと」、ハワイのミネラルウォーターと自宅の浄水機の水を持って来てくれる。
一口試してみる。ハワイのはウマイ。浄水機はやっぱり水道水だ。だまされないぞ。
フランソワーズにしては珍しくdynabookのカタログを持っている。PC買うつもりらしい。その前に明日はアダチさんといっしょにデジカメを買うそうだ。
デジカメ買ったら明日持ってくるそうだ。

■ 曇  《入院16日目》 2003年4月23日(水)
痔の薬を注入し終えた。まだ二回目。抵抗ないわけがないがしょうがないわ。小さなマヨネーズみたいなヤツを絞り出す。

検温は、6時半=6.7分、14時=6.7分、18時20分=7度。惜しくも7度ジャストだった。でも気分は悪くない。だんだん調子良くなっているようだ。

午後、金田来訪。久し振りだ。トモの結婚式の話を聞かせてもらった。トモは今オーストラリアへ新婚旅行へ行っているらしい。文庫本三冊頂く。
ようやく、活字を追うのも苦じゃなくなってきた頃なのでありがたかった。
五木寛之の「生きるヒント5」ってのが笑わせてくれた。第1章が「治る」だわ。
金田らしいシャレのセンスがウレシイ。

夕方、親父にヴィデオのGコード予約の仕方を何度もレクチャーしたあと、ノドが渇いたのでハワイの水でうがいしようとボトルを見ると増えている!!
おふくろが余計なことをしたらしい。「大菩薩名水」をボトル一杯になるまで混ぜてしまった。これじゃなんだかわからないじゃないか。うがいが唯一の楽しみであるのに。

両親が帰るのと入れ替わるようにフランソワーズが来訪。池波正太郎の未発表エッセイ集「おおげさがきらい」を持ってきた。それからデジカメを買ったと言って見せてくれた。
この病院に来るまでの通り、商店街の画像4点を見せてくれる。
シャバのニオイがプンプンしている。
オレも早くその商店街を歩いてみたい。
デジカメは買ったばかりで充電しないと使えないらしい。
病室のベッドまわり、点滴等を撮ってもらう約束をする。なにしろこんな光景もうないだろうからな。

夜7時45分過ぎフラリとモリケンがやって来た。
「大丈夫ですかキーチさん。あ!少しやせました!」
仕事が早く終わったので気になってやって来たと言っていた。そうかこの部屋に移ってからは初めてだったかな。
オレは前回より大分くつろいでしゃべれたようだ。
それくらい回復を自覚できるようになった。
モリケンと握手して別れた。



■ 曇  《入院17日目》 2003年4月24日(木)



入院17日目。絶飲絶食変わらず。
熱は下がり、安定してきた。
7時50分=6.5分、13時05分=6.6分、18時45分=6.7分。
腹痛も気にならないというより、ほぼ感じないくらいになってきた。

回診で中山先生より、トイレ、洗面、ロビーの使用許可がおりた。「やった!」。
ポータブルトイレは早速片付けられ、普通の人間と同じ用便足しに「昇格」する。
点滴スタンドをゴロゴロ転がしながらも久々に「自由」を感じる。ロビーでわけもなく寛いだりしてみる。
でもまだ治ったわけじゃない。快方に向かいつつあるということにすぎない。
膵臓はむくんでいて、膵液による腹水が左胸の方まで溜まっている。
内臓の数値は良くなっているが、まだまだらしい。
それでも退屈な「ベッドの生活」に、少しでも歩けるってアイテムが増えたのは実に大きいことだ。「うがい」の楽しみの10倍はデカイわ。

さて、ハワイの水と大菩薩明水を混ぜたおふくろは罪滅ぼしか「volvic」の1リットルを2本買ってきた。気にしていたようだ。その「volvic」でうがいしてみるか、今から。

(BGM just like you/ keb’mo)

■ 曇  《入院18日目》 2003年4月25日(金)
熱はさらに下がり6時25分=6.2分、13時40分=6.5分と平熱に近くなった。
身体の調子はすこぶる良いように感じるが、先生によれば血液検査の結果は正常とは言えないらしい。だんだん良くなっているのは確かだがまだらしいわ。

夕方6時ごろ藤平がブラリと来訪。
「volvic」、「vittel」、「evian」、「ICEAGE」を持って来てくれた。
カナダ天然水の「ICEAGE」で早速うがいしてみる。かなりの軟水だ。
ロビーに移動して話す。
前回彼が来てくれた時はオレはベッドから起きあがれなかった。なんという回復。
でもここで調子ブッこいてはイケナイ。
有難く水を頂戴し、今もペロペロとナメながらこれを書いている。もちろん吐き出している。

7時過ぎにフランソワーズ来訪。「HAWAIIAN SPRINGS」、「温泉水99」を持ってきた。
ベッドサイドは水のボトルが本当に売るほど乱立している。その様子をちょっと扱い方を覚えたCASIO EXLIMSのデジカメでパチリと撮ってくれた。
図書館で借りてきてくれた何冊かの本を並べたとこでそろそろ消灯の時刻がせまってきている。
残念ながら本は読めそうもない。
(BGM sailing to philadelphia/ mark knoptler)



■ 晴  《入院19日目》 2003年4月26日(土)
CD等:late for the sky/jackson browne
夜よ、明けるな/ban ban bazar


東京都心本日最高気温27.9℃。初夏の気温というより、夏の気温だ。
今日から世間ではGWが始まった。
入院19日目。体調はだいぶ落ち着いてきた。熱も下がり、今朝は検温もなかった。
外の陽気は中にも伝わリ、オレは半袖Tシャツで過ごす時間が長かったかもしれない。

午後2時頃、ケンが来訪。第2弾のCDケースと「vittel」、「週刊文春」を持ってやってきた。前回第1弾借りていたCDケース約40枚を取り替える。ちょうど第1弾ほとんど聴き終わったところだ。

体調良かったのでロビーでしばらく話す。
話す時間も前回より長くなったかもしれない。
ケンが帰ったあとしばらくベッドで横になっているとスーッと眠ってしまったようだ。
しばらくして母親がやってきて目を醒ます。
バスタオルとタオルを受け取る。
ふと隣を見ると今朝までいた渡部さんという患者がベッドごといない。個室へ移ったようだ。どうもさらに重症になったような感じがする。

スーツの上着を片手に杉山直ちゃんが来訪。名古屋在住の彼はたまたま東京へ出張に来ていて今日これから帰るとのことだ。
ご丁寧にメロン、イチゴ、グレープフルーツを持ってきてくれたが生憎オレは食えないのだ。口惜しい。それからなにしろこの3つ、ジュースに焦がれているオレにまさしくうってつけの見舞い土産であるのでどうにもこうにも…。
それと「斎藤一人の百戦百勝」という本をもらう。スリムドカンで有名な斎藤一人の啓発本だ。直ちゃんの最近のお気に入りだという。

点滴を取り替えにきたナースに「合コン」しようと軽口を叩いていた直ちゃんが帰ったあとしばらく横になる。

ふたたびロビーへ。「超優良企業「さだお商事」」を読んでいるとフランソワーズが来訪。昨日撮ったデジカメ写真を早速プリントしたヤツを3枚もらう。
ついでに「指の運動やわらかボール」ってヤツをもらう。これをニギニギしなさいってことなんだろうけど、オレは脳梗塞じゃないぞ!リハビリ違いのような気がするが。
昨日彼女、夜に寄ったレストラン「さち」のオムライスの画像を見せてもらう。デジカメは便利だ。うまそうなオムライス。たんぽぽスタイル650円ってのは安いな。
オレはまだまだ「dancyu」で我慢だわ!

(BGM late for the sky/ jackson brrowne)

■ 晴  《入院20日目》 2003年4月27日(日)
CD等:島時間/大島康克
    Maria muldraur/ Maria muldraur
Roochoo gumbo Y2K/ kalabisa
On the border/久保田麻琴


6時前に起きて点滴スタンドを引きずりトイレへ用をたしにいく。
ここんとこ起床時間は毎日こんなもんだ。顔を洗い、ハミガキ粉をつけずにハミガキをしてふたたびベッドに横になるとナースたちが動き出している。
排便の回数を聞かれ、検尿があればコップに取り、置いておく。今日はなかった。
7時。NHKの朝のニュースをTVで見る。顔がカサカサしているのでオロナイン軟膏を塗る。他の人たちは朝食だ。
TVを止め、CDに切り替える。
しばらくするとウトウト…。一眠りしたとこで回診だ。
今日は日曜日。窓の外は晴れあがった空。穏やかな陽射しが病室に入ってくる。

新しいシーツに取り替えてもらっている間、ロビーで池波正太郎「おおげさがきらい」の続きを読む。
読む本が友人たちのおかげでいっぱいある。聴きたいCD、MDもたくさんある。考え事をする時間もたっぷりある。
だけどなにはともあれいちばん先に考えることは食べ物のことだ。
今もCDを聴きながら「dancyu」をめくっている。

(BGM mr.bad guy/ freddie mercury solo)

■ 晴  《入院21日目》 2003年4月28日(月)
CD等:fire on bayon/ neville brothers
Days like this/ van morrison
Friday エビフライ/ ban ban bazar
Do right man/ dan penn


5時40分、便意をもよおし起きる。
トイレから戻りふたたびベッドへ横になる。
薄暗い中で深夜に血が逆流していた点滴のチューブをつまんでどうなっているか見てみた。
1本には10cmくらいまだ血が残っていた。深夜に呼び出した担当のナースが大丈夫だと言っていたのを思い出し、ウトウトする。

病棟はやがて朝を迎え、いつものようにあわただしく活気づいてきた。
外は晴れ。青空が広がっている。今日の東京最高気温は22℃の予報。

回診に医師が訪れたのは11時頃だ。
「今日のCTでいろいろアレですからね」
とこんな言い方はさすがにしないが、意味を含んだ言い方をしていったのは確かだ。
そう、今日の検査いかんで絶飲から解放されるかもしれないのだ。
それを医師は言っていたのだ。
水が飲めるかもしれない。今日で入院21日目。洗髪の許可が出た。

「ひるどき日本列島」を見終わって、点滴スタンドをゴロゴロさせながら久し振りに髪を洗いにいく。
オレはウキウキしていたと思う。

(BGM days like this/ van morrison)

■ 晴  《入院22日目》 2003年4月29日(火)
体温14時35分=6.4分  血圧15時=100/54

CD等:chicken skin music/ ry cooder
Yellow moon/ neville brothers
Blues at sunrise/ stevie ray vaughan and double trouble
満足できるかな/遠藤賢司
    hourglass/ james taylor


正午過ぎ、いつものように「ごはんでーす。歩ける方は取りにきてください」とナースが患者たちに知らせる。
オレはまだ絶飲絶食。NHKの「ひるどき日本列島」を見終わって文庫本を手にロビーに出る。
点滴のおかげで空腹感はないものの、やはり食いたいなあという欲求はある。今日なら何がいちばん食べたいだろうか。

「江戸東京物語下町篇」の芝・新橋界隈の章を読んでいるところへフランソワーズ来訪。新しい花を持ってきてくれる。Tシャツ姿でイソイソと小さなガラスの花瓶を挿し換える。
外は晴れているのは知っているが、閉じた窓から見ての風景でしかない。
風が強いこと。しかも今日は昨日より湿度が高く暑いということをNHKの天気予報を見て知ってはいたけど実感などない。
だが、「外」からやってきたTシャツ姿のフランソワーズが「今日暑い!」と言うと、まさにオレにとっても実感となる。別にこれがフランソワーズじゃなくてもモリケンでも至極当たり前である。

彼女はまた「外」へ出て行くのだ。いいなあ。
錦糸町まで歩くという。「そごう」のあとのビルの7Fは100円ショップらしい。相当広いフロアらしい。
彼女を見送って読書のつづきをしたが、10分ほどでウトウトしてきたのでベッドへ戻る。

ナースに検温、血圧を測るというので起こされた。
だいぶ眠ったつもりだったが20分しか眠っていなかった。

夕方妹夫婦とオイとメイが来訪。6歳と3歳になる小さな子供たちは、オレの姿を見て面食らっていたようだ。
メイの方はびっくりしていて、いつものように明るく話しかけることは最後までなかった。
それでもいっぱしに心配顔していた。ありがとな。

■ 早朝=晴、やがて曇から小雨〜曇  《入院23日目》 2003年4月30日(水)
体温14時35分=6.4分  血圧13時半=108/78

CD等:chicken skin music/ ry cooder
Lyle lovette/ lyle lovette and his large band
With this record/ david lindley and el rayo-x


14時半、中山先生がおもむろにやって来て、ベッドの脇の丸椅子に座り
「加藤さんCTの結果見たらだいぶ良くなっているんでねぇ水ゥ飲んで結構です」
と一気に言った。
ちょっとボーッとしていたオレは目が覚めた。実際、横になってウツラウツラしかかっていたのだ。
「ただしィ、牛乳やコーヒー、ジュース果汁などの刺激のあるものはまだです。お茶。せいぜい紅茶ですね。それと水だけですけど。…。それでぇ下痢等の症状が弱ければあさってあたりから、流動食始めましょうか」
ウレシイ限りだ。

友人たちが持って来てくれたミネラルウォーターがたくさんある。
早速飲んでみることにした。
せっかくだ。ナースのひとりに氷を持ってきてもらう。
冷たいミネラルウォーター。
やっと飲める。23日ぶりだ。記念すべき初飲みウォーターは「volvic」にした。

ブルーのプラッチックのうがい用のコップに氷を4、5個入れ(これしかコップがない)volvicを注ぐ。ちょっとかきまわすとカラカラと氷が音を立てる。まるでバーボンだこれじゃ。
静かに一口含む。ここまではいつものうがいと同じ。
うひゃ!つめたい。さらにいつものクセで水を舌でコロコロと転がしてしまう。volvicの甘さが口に広がる。
さあ飲んでみる。ゴクリ。
23日ぶりに喉を通した。なんて新鮮。なんかうしろめたくもある。
なにしろ自制があたりまえだったのだ。禁じられていたことから解放されたのだ。
水はカタマリとなって食道を通過していった。
もう一口飲むことにする。口に含んで、あっまた舌先で転がしてしまった。そんなことしなくていいのに。
ゴクリ。
水を飲むことがこんなにも一大事に感じられるなんて…!
病気で入院してるからだと言ってしまえば身もフタもないが。

1杯目なくなった。2杯目は「Hawaiian Springs」にする。これはvolvicの次に好きな水だ.
氷をたし、ボトルの封を切って注ぐ。
なんだか酒を飲んでいるときのようだ。
またもや一口味わいつつ、ゴクリと飲む。旨い。
23日ぶりに飲む水が水道水じゃなくて本当に良かった。

水なんて以前はだいたい一気に飲んでいたものだが、もはやそんなことは出来ない。ゆっくりと一口一口味わいながら飲んでしまう。本当、酒を飲むように飲んでしまう。

ああ、グラスで飲みたいな。ぜいたくか。
お茶も飲めるんだ。湯呑みが欲しい。ぜいたくか。
紅茶も飲める。烏龍茶も飲める。

ああ小便がしたくなった。コップ3杯の水を35分かけて飲んだからだろう。

夕方6時半。ナースからもらった氷はもう溶けた。
新しいのをもらってみる。うわっ氷山盛り持ってきたぞ!うがい用のプラッチックのオケにいっぱいだ。「vittel」のニューボトルがまだある。あとでトライしてみようか。

公彦からメールがあった。その後の状況どうか聞いてきた。大部屋へ移動になったこと、体重が4キロ減ったこと、水飲めるようになったことを伝えた。レスでナースの言うことを良く聞くようにと言ってきた。またそのうち見舞いに来るとも言ってきた。
マユミちゃんからもメールがあった。彼女も顔見せてくれたらいいな。それからワラス!どうしたんだッ!

23日ぶりに水が飲めるようになったとマユミちゃんにメールしたら驚いていた。彼女は以前2日間飲めずにいたことがあったらしい。
23日ぶりだもんな。文字にするとタイヘンというより自分でも信じられないわ。さっき湯沸室のポットにあるほうじ茶をもらってきた。水以外の味のする飲み物を口にするのも同じく23日ぶりだったが「水」のインパクトに勝ることはなかった。
19時。フランソワーズ来訪。100円ショップで買った「スポーツトレーニング棒」と植草甚一「退屈の利用法」を持ってきた。
今夜これから門仲でコテヤンライヴ。モリケン、ハラダ、マスターによろしくってことでデジカメに今のオレを収めてもらう。飲めよ〜みんな!!オレは水だ。
それにしても、ん〜旨い。水こそ「命の水」!んっ?


■ 快晴  《入院24日目》 2003年5月1日(木)
体温13時=6.5分  血圧13時半=100/62

CD等:too long in exile/ van morrison
Brainwashed/ george harrison
Kotez&yancy live 4.30 #2

5時20分に起床。その後午前中二度寝はしなかった。それなりにやることがあったせいか眠くなるヒマがなかったのだ。
入院してヒマがないとは何をか言わんやではあるが、24日間も同じ病棟で過ごしていればなんとなくサイクルらしきものも生まれる。
朝の読書もそのひとつ。面白い本なら時間の経つのも忘れがちだ。それから、いつもより遅めの身体の清拭のせいもあった。10時半の回診を待てばもう寝ている時間などない。

植草甚一「退屈の利用法」は最初の章が入院日記のせいもあって、マリナーズ対ヤンキースのテレビ中継もそっちのけで読んでいたら正午を過ぎた。
14時前に頭を洗いに行く。
フケがすごかったので念入りに二度洗いした。
「痒いところはございませんか?」と聞かれたら「痒いところだらけです」って感じだったのだ。それにしても洗面台に貼り付いた抜け毛の数がスゴイ。ちょっとコワクなってしまう。
サッパリしてベッドに戻りゴロリと横になると、今頃になって眠気がやってきた。

17時、金田2度目の来訪。ブルーの半袖シャツで現れる。外はまさしく初夏なのだ。病室から眺める外はどうにもヴァーチャルなものに思えてならないのだが、それは「外」を体感できないからなんだろう。
シャレた画板(欲しかった!)と「日記つけなよ」とボールペンとノートを2冊、それから「江戸東京物語 山の手篇」/ 新潮社篇を持ってきてくれた。
「ああ、やっぱり日記はつけてたか」
とオレがこのノートを指差したらそう言った。

1時間程してモリケンがやって来た。ダンガリーのシャツがこれまた初夏を感じさせる。金田とは初対面。ベッドを挟んで丸い椅子に腰掛ける。オレがそれぞれを紹介する。
昨日のコテヤン話をメインに大量の「ゴルゴ13」と「dancyu」を鞄から取り出した。ベッドは本、雑誌、、それからCDでいっぱいになった。
あとでひとり、整理しなければならないというウレシイ「仕事」が増えた。本当にウレシイのだ。
2人に昨日から水が飲めるようなった事を伝えたオレは水をふるまった。なにしろ水しかないのだからしょうがないが、オレも一緒に飲めるんだぜ。
氷を惜しげもなくコップに取って「vittel」、「Hawaiian Springs」を注ぐ。
ん〜っ、酒を注いでやってる感覚。昨日からそんな感じがしてたまらない。

19時を20分程過ぎたあたりで、フランソワーズがやってきた。昨夜のコテヤンのライヴ風景をデジカメに収めたのだ。早速見せてもらう。画像のいくつかは短い動画になっていた。liveのreplay。わずか10数秒だったが、ものすごいリアルさを感じた。
昨夜の「BIGHORN」にオレは一瞬飛んで行った気がしたぞ。

フランソワーズがliveの「音」も録ってきてくれた。
MD2枚をもらう。うち1枚にはみんなからのメッセージが入っているという。もちろん酔っ払いなのは百も承知だがウレシイじゃないの。

消灯時間を30分過ぎた。
そろそろ、ベッドサイドの灯りも消さないといけない。

昨夜のコテヤンが、これから今夜のBGM。
その前にみんなからのメッセージを先に聞こう。

画板をしまって灯りを消す。その前に水を一口だけ飲んでみる。



■ 晴〜曇  《入院25日目》 2003年5月2日(金)
12時50分=6.5分  血圧13時45分=100/58

CD等:apartment/ malin harue+yancy
Saturate before using/ jackson browne
Kotez&yancy 4.30live #1
Super blues/ bo didley muddy waters little walter
20beat classics/ georgie fame

朝8時15分。25日ぶりの食事を今終えた。満腹感を久々に味わう。
25日ぶりに口に食べ物を入れ、咀嚼し、飲みこんだ。
ひとつひとつの食べ物に味があった。あたりまえだ。
ん〜、ほうじ茶をすすり、ゴロリと横になる前に25日ぶりの朝食のメニューを書き出しておこう。

朝食 易消化三分 三分粥  200g
ジャムサンド(2口大2つ)
巣ごもり玉子(キャベツとニンジンを細かく刻み炒めたものを敷き詰めた上に、玉子の黄身を固くしたものがのっかっている)
フルーツ(すりつぶしの缶詰の桃)
LF牛乳(200ml)
お菓子(森永choice1袋(2枚)←ビスケット)

フルーツがおいしかった。桃の甘さが懐かしく、最後までとっておいてペロペロと舐めていた。
甘い物を求めていたのかもしれない。同じようにビスケットも2枚じっくりと味わった。
入院前じゃ考えられない味覚の変化。以前なら2品とも食べることすらありえなかったわ。
しかもペロペロ最後まで舐めるなんて…。
変われば変わるものだ。
巣ごもり玉子が料理らしい一品だった。玉子はいわゆる黄身まで固くした目玉焼きの白身抜き。野菜を鳥の巣に見立てている。なるほどニクイネーミングだがどうにも塩気がもの足りず。だが、もちろん全部平らげる。
三分粥と聞いていたのでてっきり重湯みたいなのを想像していたが、どうしてどうしてご立派でしたわ。文字通り久々に食事した気分。
この満腹感は点滴にはない。
さてゴロリと横になろう。

昼飯 易消化三分 三分粥 200g
三分粥
清汁
麻婆豆腐(辛くない)
南瓜のサラダ(サイの目状に切った南瓜にマヨネーズ風味のドレッシング)
ふりかけ(のり・ごま)
お菓子(森永choiceビスケット)
コンクジュース(オレンジ)

今日から食事が始まったので栄養関係の点滴は1日4袋から2袋になった。膵臓、肝臓の薬はもちろん変わらず。

朝食に満足したと思いきや12時15分に昼飯が運ばれてきた。午前中何もしていないが、それでも食える腹になっている。メニューは朝より食事らしくなっている。
三分粥。久々の米だ。一口すする。米の味がする。ふりかけがついてきた。粥に入れろってことだろうか。半分食べたらそうしてみよう。
清汁。具は一切ない。だが塩味が丁度いい。
麻婆豆腐は全く辛味がなくそれでも挽肉の肉が肉ってことに気がつけばウレシクなってしまいガーッと食ってしまった。
嫌いなはずの南瓜でさえ、全部平らげた。どういうことか。
粥にふりかけを入れてスプーンですくってすすりこむ。清汁を飲む。腹一杯になってきた。
ちょっと大きめのカップにオレンジコンクのジュースが入っている。一口飲む。腹は水分でタポタポ気味になってきた。
さすがに全部は飲めそうもない。まだオレの胃は全ては受けつけないようだ。
朝と同じ森永のビスケットはとっておいてあとで気が向いたら食べることにした。

入院ついでに右足首を整形外科で診てもらうことに決めた。ちょうど1年前に痛めた靭帯が今年の2月から3月にかけまたオカシクなっていたからだ。入院以来すっかり歩いていないので気がつかなかったが、なんとなく違和感があるような気がする。気のせいならそれでいい。とにかく入院ついでだ。診てもらった方が安心できる。早速ナースにその旨伝える。
「もう少し早く言ってくれれば良かったのに。連休明けになるって」
と言われた。

6時15分過ぎ。
夕食 易消化三分 三分粥 200g
三分粥
清汁
かぶらの蒸しあんかけ
茄子の煮物
ヨーグルト
ジュースゼリー(りんご味)

ジュースゼリーだけ残しキレイに食べ終えた。
「やっと食べられてよかったねえ」
「ああ、ごちそうさま」
ナースが食器を下げにきた。
それぞれの量は決して多くはないが、25日ぶりの食事再開には十分すぎる量である。粥、清汁、ヨーグルト、ジュースゼリー。みんな水分が多いせいかまたしても腹タポタポだ。まだ胃が受けつけていないのか。

朝食ほどの感動は薄れた。「食べる」行為は無意識になっている。と同時に冷静に味について意識するようになってきた。現金なものだ。

■ 早朝だけ雨〜晴  《入院26日目》 2003年5月3日(土)
13時25分=6.5分  血圧13時50分=98/60

CD等:sweet baby james/ james taylor
The road we’re on/ sonny landreth
A long vacation/ 大瀧詠一
    Live at the regal/ b.b.king

朝食 易消化三分 三分粥 200g 
煮込みうどん(素うどん)
ざくろ豆腐のあんかけ
フルーツ(桃すりつぶし)
LF牛乳(http://www.koiwai.co.jp)
お菓子(イワモトミルクボーロ http://iwamotoseika.co.jp

たとえ三分粥のメニューだとしても入院前のオレの朝食よりずっと朝食らしい。満腹だ。そう、だいたい朝から満腹感を味わうことなんてなかった。
6時10分に起床。7時45分に朝食。朝食が来るのを待つ間、植草甚一「退屈の利用法」のつづきを読む。
朝食についたお菓子はなんとタマゴボーロだ。見るのも懐かしいなら食べるのなんてもっと…だ。どんな味か忘れていた。
一粒1cmくらいの、アタマに焼色をつけた丸いボーロを口に入れてみた。んー、こんな味だったっけ。粉っぽさの中に懐かしいような甘さが見え隠れしている。タマゴボーロのボーロっていったいなんだろう。
ボーロ、オイとメイに食べさせたくなってきた。

昼食 易消化三分 三分粥 200g
三分粥
清汁
ささみ団子スープ煮
ほうれん草煮浸し(麩入り)
のり佃
お菓子(タマゴボーロ)
コンクジュース(オレンジ)

入院26日目。昼食も残さず、いやタマゴボーロは残した。平らげた。
不思議なことに食後の一服を欲していない。もともとタバコの本数は少ない方だったが、食後の一服は欠かさなかった。もうたぶん吸っても良いとは思うが手元にジタンはないし、なにしろ欲していないってことが自分でも驚きだ。本格的にやめられるかもしれない。

夕食 易消化三分 三分粥 200g
三分粥
清汁
炒り卵
蕪のおかか煮(サイの目)
さつまいもの甘煮(サイの目)
ヨーグルト
ジュースゼリー(ピーチ)

夕方、フランソワーズが来訪。話の特集ライブラリー「寺山修司の特集」、「一期は夢よ、ただ狂え」/団鬼六、「Pen」2003.5.1号といった本と一緒に頼んでおいた湯呑みとグラスを買ってきてくれた。グラスは100円ショップで見つけてもらったいわゆるロックグラス。切子の水玉模様がいくつか入ったシンプルなものだ。湯呑みは生成り色の焼きもの。こちらは100円ショップじゃないという。恐縮。
外はまだ明るい。ベッド脇で話すのも飽きたので「外へ出てみよう」と言うと「外?出れるの」とちょっと驚いた顔をしている。
実はもっと陽が高いとき、エレヴェーターで9Fの大浴場を確認しに行ったら偶然屋上に出たのだ。
26日ぶりに外の空気と太陽を味わった。やっぱり外は気持ちいい。その時は先客がいて、じいさん一人がパンツ一丁で体操をしていた。

フランソワーズをエレヴェーターへ誘い、9Fのボタンを押す。
屋上へ出ると初夏の夕方っていうのかな、少しだけ肌寒いが心地いい風である。
家はどっちの方面か探してみる。展望台や屋上に出ると誰もがやってみるお約束。その方面を見てみるとビルとビルの間にレインボーブリッジが見えた。佃リバーシティも見えた。
「あれ?あんなに近かったっけ?」
「あんなもんよ。結構近いよ」
そうか、近いのか。
「夜景見に来れば…ああ消灯9時だっけ?」
「…」
しばらく風に吹かれたのち点滴スタンドをガラガラと押しながらエレヴェーターへ向かった。

と、ここまで書いて19時半。ひとりでもう一度屋上へ行ってみた。
思った以上に夜景はキレイだった。
昼間見たレインボーブリッジはすぐにわかった。
それから昼間はわからなかった東京タワーがはっきりとよく見えた。
遠くには感じなかった。



■ 薄曇  《入院27日目》 2003年5月4日(日)



14時=6.4分  血圧14時25分 100/68

CD等:the healing game/ van morrison
Nick of time/ bonnie raitte
Keb’mo/ keb’mo

朝食 易消化三分 三分粥200g
ジャムサンド
豆腐のあんかけ
フルーツ(缶詰みかんすりつぶし)
LF牛乳
お菓子(森永choiceビスケット)

昼食 易消化三分 三分粥200g
三分粥
味噌汁(具なし)
煮魚(たぶん鱈、ほぐし身)
煮浸し(竹の子)
のり佃
お菓子(森永choiceビスケット)
コンクジュース(オレンジ)

GW真っ只中、結局オイとメイはこの病室に二度は来ることなく、昨日帰ってしまった。タマゴボーロ食わせたかったな。
病棟のGWといえばひっそりしている。まさに気だるい午後といった表現がぴったりで、オレも知らず知らずのうちにうたた寝しそうだ。
そう、寝ればいいんだ。昼食もすっかり平らげたとはいえ病人なんだし。

どうやら胃の調子も良くなってきたようで、今日の朝も昼も量的にはいささか物足りないと感じている。
健康な人間からすれば、病人食のしかも三分粥なんかじゃ足りないのはあたりまえだが、それでも昨日一昨日は持て余し気味だったのだ。

もともと少食の傾向があったのは確かであるが、ひょっとしたら酒のせいだったのかもしれない。
前夜の深酒が昼過ぎてなお夕方にまでかかる二日酔い。当然身体に悪い影響を与えないわけがないがもはやそれが常であることも多く、それでもまた夜になれば酒酒酒。少食にならざるを得ないのも当然か。

今日で27日間酒が身体に入っていない。すっかりアルコール抜けしている。これが本来なんだよな。食欲が湧くのはまさしく正常なんだろう。
あのキーチが朝も昼もビスケットまでちゃんと食っている。昼は1枚だけ残して3時のおやつとしてとっておいてやがる。変わったなあオレも。

午前中読みかけだった植草甚一「退屈の利用法」読了。久々に面白いエッセイを読んだ。
ジャズで有名なJ.J氏ということは知識として知ってはいたが、ちゃんとした文章を読んだのは初めてだった。カバーの本人による落書き風イラストも良い感じ。
しょっぱなの「韮山病院日記」。オレは同じ入院患者からか飛びつくように読んでしまった。
その中でも「退屈の利用法」と題したそれらいくつかのエッセイに溢れる自由奔放な感性はとてもじゃないが病人とは思えない程生き生きとしている。一瞬にして植草甚一の虜になってしまった。
なるほどひとりベッドで考えていることといえば、ムダの連続とも言えるようなことばかりだ。だからこそこのエッセイ魅力的なんだろうな。何度も読み返した。

夕食 易消化五分 五分粥 200g
五分粥
清汁
炒り卵
大根の煮物(ニンジン、大根 みじん切り)
ヨーグルト
ジュースゼリー(ピーチ)

今日は結局薄曇のままでスカッとカラッと晴れはしなかった。2度屋上に上がってみたが、ビルとビルの間のレインボーブリッジはガスっていて見えなかった。
だいたいそのビルとビルも白っぽくてよくわからなかった。
足腰、特に太腿、膝、ふくらはぎの筋力がメチャクチャ衰えているのでストレッチも含め屈伸やらなんやらやってみた。どうも外に出るとそんなことをやりたくなるようだ。外の景色が無意識にそうさせるのかも。このままじゃ外へ出ても歩けないぞって無意識が働くのかもな。

「夕食から五分粥にしましょう。調子いいみたいだし」
午前の回診で中山先生が言った通り夕食は早くも五分粥となった。
三分から五分へ。茶碗のフタを取ってみると見た目にも粥の米粒の盛りあがり方が違う。三分ではずっと底に沈んでいたが五分では表面に浮かび上がっている。すくって食べてみると粥飯らしくなっているのがわかった。おかずは相変わらず。それにしても量がどうにもである。少ない。昼間屋上で運動しなかったとしてもだ。関係ないか。
しかしこんなにまるっきり普通に食欲を感じるのは27日ぶりじゃなくもっとである。入院して身体がリセットされたと言えばちょいと大仰かもしれないが、食欲のわき方が明らかに違うように思えるのだ。なんだか忘れていた食欲のわき方なんだよな。
午後から「一期は夢よ、ただ狂え」/団鬼六を読み始める。

■ 曇〜晴  《入院28日目》 2003年5月5日(月)
14時20分=6.5分  血圧15時=108/72

CD等:road tested/ bonnie raitt
On the border/ 久保田麻琴
    Istanbul mambo/ moonriders
Nouvelles vagues/ moonriders
志ん朝復活 る 「火事息子」/古今亭志ん朝
    忌野清志郎、ジョニールイス&チャー公開録音 S61.4.14FM東京ホール

朝食 易消化五分 五分粥200g
煮込みうどん(素うどん)
スクランブルエッグ(トマトソースがけ)
フルーツ(白桃、黄桃、2切れ)
LF牛乳
お菓子(森永choiceビスケット)

昼食 易消化五分 五分粥200g
五分粥
清汁
煮魚(たぶん鱈、ほぐし身)
炊き合わせ(大根、ニンジン)
低塩梅びしお
コンクジュース(オレンジ)
お菓子(タマゴボーロ)

昼食を終えたあと、洗髪しに行こうかと思ったが、すぐに検温と血圧を測りにナースが回ってくることを思い出したのでそのままベッドにいることにした。

金田からもらったノートが2冊ある。
日記でもつけなよってもらったものだが、日記はすでにこのノートにつけている。
そうだ。ケータイに登録してある電話番号とメールアドレスをすべて書き出しておくか。なんのバックアップもとっていないんだ。失くしたらそれまでである。あるいは故障したらそれっきりである。オレのこのケータイ、契約年数は3年10ヶ月。一度も故障していないとはいえ、故障というものは突然起きるものである。突然病気になって即入院ということも世の中珍しくないのだ。備えあれば憂いなし。洗髪はそのあとだ。その前に検温だ。ナースがやってきた。

GW最後の今日は天気も上々。病室のベッドで地道な作業にいそしむオレは半袖Tシャツ姿。
60件ほど書き写したとこで、フランソワーズがなにやら大きな荷物を持って現れた。
なんとノートパソコンを買ったんだと言う。有楽町のビックカメラで買ってまっすぐここへやって来たのだ。TOSHIBA dynabook Cシリーズ。デジカメからパソコンへ。当然の成り行きとはいえそれにしても早かったな。
ロビーへ出て買ったばかりの梱包を解きマシンを出してみた。
ふーむ、いいなあ新品はやっぱ。Cシリーズはマシンのカラーが白でデザインもなかなかどしてオシャレである。CD−RはもちろんDVDも見れる。HDは40GB。
フランソワーズはADSLの契約をすでにしてきたそうだ。3週間後にはネットデビューできるという。
それよりもデジカメで撮った画像を保存するのが今んとこいちばんの目標だろう。

ケータイに登録してあるデータをそのままパソコンに移せるソフトがあるのを聞いたことがある。だけど一番安心なのは自分で書いておくことなんだよな。
以前、るびーと話したことがあるが、彼女も最終的にはメールアドレス、URLを手書きしていると言っていた。
手書きの安心感。宛名と電話番号を書き写しながら、それぞれの印象やら出来事やら顔やらなにやらを思い出している自分に気づく。
普通にプリンターでプリントアウトした宛名と電話番号を見てもたぶんただのデータとして見るだけで、顔まではあまり想像しないんじゃないかと思うんだが。顔の画像でも貼りこんでいれば別だけど。

夕食 易消化五分 五分粥200g
五分粥
味噌汁(具なし)
蒸し魚のマヨネーズソース(鮭ほぐし身、トマト)
ドレッシングサラダ(キャベツ、ニンジン、中華ノンオイルドレッシング)
ジュースゼリー(オレンジ)
ヨーグルト

上のメニューを書いていて「サケ」の漢字が出てこない。
「サケ、しゃけ、シャケだよ。アレっ、魚篇にどう書くんだっけ」
思い出せない。ええい、手元の「dancyu」を手当たり次第見てみる。「dancyu」のほかにも今日フランソワーズが持ってきた「NHK生活ほっとモーニング プロが教ええるきほんの洋食」がある。シャケぐらい載っているだろう。

載ってはいた。探しているうちに思い出すかと期待したが結局「dancyu」の中に見つけてしまった。ちょっとした漢字が書けなくなっている。まあ今に始まったことじゃないけど。
それにしても鮭とトマトにマヨネーズソースは美味かった。どうってことないんだけど普通のよく口にしたことのある味が安心感なのか、とても美味く感じた。

結局洗髪は明日することにした。

■ 朝 曇〜晴  《入院29日目》 2003年5月6日(火)
13時25分=6.3分  血圧14時25分=104/58

CD:late for the sky/ jackson browne
志ん朝復活 る 「厩火事」/ 古今亭志ん朝
   忌野清志郎、ジョニールイス&チャー公開録音 S61.4.14FM東京ホール

朝食 易消化五分 五分粥200g
ジャムサンド(黒パン1口大2個)
野菜スープ(キャベツ、ニンジンほか和風スープ)
フルーツ(みかん、白桃)
LF牛乳
お菓子(森永choiceビスケット)

朝食のあと洗髪しに行く。二度洗い敢行。痒みもなくなりキレイになったのはいいが、長い髪がバサバサ抜けるのはなぜ、どうして。
そういえばベッドの上やらまわりやら抜け毛が多い。
髪これすなわち蛋白質だという。体重も減っている。食事が始まったとはいえまだ5日目だ。点滴だけじゃ栄養不足なのか。普通の食事になったら抜け毛は減るだろうか。早く退院して蛋白質摂取して、育毛剤ふりかけて…そう考えていると急に眠気がやってきて久々の二度寝と相成った。9時頃だった。

昨夜はBGMがわりに志ん朝のCDをかけた。「復活志ん朝」。「火事息子」と「厩火事」の2篇のうち「火事息子」だけ聴いたのだが、面白いのもさることながらなんとも聞きほれてしまうわ。まさにこれぞ真打ち。サゲのところなどリピートして聴いてしまった。ゆえに当然のこと目が冴えてしまい眠れなくなっちまった。さすがに「厩火事」はとっておいて音楽にチェンジした。清志郎とジョニー、ルイス&チャーの‘86FM東京公録。これがまたなかなかどしてで、それでも2週に渡ってお送りしたうちの1週だけにしといたが、結局眠るためのBGMにはならず、入院以来初めて12時過ぎてしまった。

同じ病室のヘルニア手術した86歳のじいさんが今日退院だ。肺炎でもあるらしく痰をしょっちゅう取っていた。4月10日から入院ということはオレより2日遅い。じいさん車椅子で不自由とはいえ早く退院できてうらやましいなあ。

昼食 易消化五分 五分粥200g
五分粥
清汁
鶏そぼろ(ニンジンみじん切り)
蕪の煮付け(ニンジンみじん切り)
のり佃
コンクジュース(リンゴ)
お菓子(森永MARIEビスケット3枚)

正午に整形の受診。ナースに付き添われ外来病棟へ。早速右足首のレントゲンを撮られる。それによれば、靭帯が切れているわけではなく、少し痛めた程度とのこと。切れていれば足首グラグラだという。
長時間の歩行とそれから靴に気をつけるように言われる。
病室に戻ると昼食が運ばれていた。
鶏そぼろはなかなかの美味。五分粥ではなく白飯で茶碗2杯は食えたな、マチガイなく。

夕食易消化五分 五分粥200g
五分粥
味噌汁(具なし)
いそべ焼(焼き麩の青ノリがけ)
土佐煮(れんこんサイの目)
おろし甘酢(大根おろしの甘酢)
ヨーグルト
ジュースゼリー(オレンジ)

午後イチはゴロリとなって志ん朝のつづき「厩火事」を聴く。
カーテンをすっかり開けた6人部屋はナースはもちろん患者の家族も出たり入ったりしている。
ヘッドホンして目を閉じてたまにニタニタしたかと思うとブフッ!と吹き出したりしていたオレだったが誰も気に留めなかったようだ。それどこじゃないのだ病室ってとこは。
昼食の満腹感と爽やかな初夏の光にZZZとマブタが重くなってきていたが、どうしてどして志ん朝の噺と芸で眠ることなどできやしない。
実は今、夕食を終えたところだ。
団鬼六の本も読みたいが、志ん朝の芸をもう一度味わいたくなった。酒が飲めなくたって酔うことは出来るのだ。

■ 薄曇  《入院30日目》 2003年5月7日(水)
13時50分=6.4分  血圧14時05分=108/66

CD:fiyo on the bayou/ neville brothers
Blues collection/ e.c
落語名人会18志ん朝10〜三軒長屋/ 古今亭志ん朝
   deuces wild/ b.b.king

朝食 易消化五分 五分粥200g
煮込みうどん(具なし)
炒り豆腐(卵、ニンジン、小松菜)
フルーツ(缶詰みかん)
LF牛乳
お菓子(森永MARIEビスケット)

昼食 易消化五分 五分粥200g
五分粥
清汁
蒸し魚のあんかけ(白身魚)
煮浸し(キャベツ)
ふりかけ(のりごま)
コンクジュース(オレンジ)
お菓子(タマゴボーロ)

中山先生がやってきて点滴の袋を指差し言った。
「これ、もうすぐ終わりにしますからね」
つづけて
「血液検査の数値も正常値になっているし、退院も見えてきましたよ。5月いっぱいかかるってことはないですね」
ひゃあ!ウレシイ。なんにしてもそうだが、ある程度メドがついたり、終わりが見えてきたときの安堵感はささやかながらも幸せな気分にさせてくれる。
「退院」という言葉を医者の口から聞くってことは入院患者にとって大ニュースであり、すぐにこの気持ちを誰かに伝えたいけど、それはまた大人気ないからひとりゆっくり安堵に浸る。

夕食 易消化五分 五分粥200g
五分粥
味噌汁(具なし)
ささみ団子のスープ煮
里芋の煮付け(味薄し)
野菜のサラダ(ホワイトアスパラ、トマト)
ヨーグルト
ジュースゼリー(ピーチ)

mYmeちゃんの父上ことまゆみパパからケータイにメール。見舞いと気遣いありがたし。オレが今後酒飲めないの知ってるんだろう「お茶でもどうぞ」ってのが、グッとくるじゃない。

そういえば酒を飲みたいとあまり思わない。ここが病院だからだろうか。煙草も同様強くは欲していない。だけど全く欲しくないわけじゃない。第一キライじゃないんだし、むしろ人より好きな方だと思うけど、今回ばかりは病気が病気だけに退院して外へ出てもそう簡単にやりはしない自信がある。
「酒が飲めない人」ってのを演じてみる気でいるのだ。
酒が飲めなくても飲み屋に行って焼き鳥好きで食っている人はいるし、肉じゃがや白魚の刺身、枝豆、ミックスナッツ、もずく、馬刺し、もつ煮込みが好きな下戸はいくらでもいる。
一度でいいから言ってみたい。
「あれ、酒は?」
「いやあ悪い。オレ酒全然ダメなのよ」
「いいじゃん乾杯だけ、ビール一杯くらい大丈夫だろ」
「ダメダメほんと。まったくダメなのよ。奈良漬食べても倒れちゃうのよ。カンベンしてください」
いいなあ、下戸っぷり。オレの芝居は通用するだろうか。

夕方、公彦くんとmYme(マユミ)ちゃん、フランソワーズの3人が来訪。
mYmeちゃん…わざわざ来てくれた彼女の見舞いは心にしみた。
リクエストしたアイスティーを持って来てくれたので、オレはナースから洗面器いっぱいにもらった氷を手づかみでそれぞれのグラスに入れ、アイスティーのペットボトルを傾ける。
「cheers!」
4人アイスティーで乾杯。冗談っぽくもなく自然にグラスを鳴らした。ふーむ、この自然さ。病室のベッドだからというわけでもあるまい。
mYmeちゃんから「HEARTBOOK」/廣瀬裕子という詩集でもありメッセージ集ともいうべき本をいただいた。
一人、自分、人生、時間、存在など入院してるからこそ考えつく題材は、答えの端っこに触れるものの堂々巡りに終始する。そんなときに開いてみるにはぴったりの本だ。さすが…。よくわかってらっしゃる。

小一時間ほどいただろうか。楽しい時間はあっという間だ。
中山先生には数値も正常で調子良くなったと言われた。それは治療のおかげなのは言うまでもないが、友人たちの来訪が快方を早めてくれる気がしてならない。
見舞いの効果とはかくあるものか。
なにしろ来てくれたことが嬉しいのだ。ストレートに。




mYmeと公彦くん
公彦くんが持っているのはタマゴボーロ。オレのおやつをおすそわけしたのだ。


■ 雨  《入院31日目》 2003年5月8日(木)
13時45分=6.4分  血圧13時55分=110/60

CD: deuces wild/ b.b.king
落語名人会18志ん朝10〜羽織りの遊び/ 古今亭志ん朝
   AKILA1/ 小林旭
   落語名人会17志ん朝17〜富久/ 古今亭志ん朝
   all things must pass/ george harrison

朝食 LC全粥 五分粥280g
納豆うどん(素うどん、別皿にひきわり納豆)
春菊浸し
あさ漬け(大根)
フルーツ(バナナ中1本)
LF牛乳

8時10分。外は雨。時折窓を叩くように強く降っている。
本日より食事のグレードが上がった。朝、顔を合わせたナースに言われる。
「加藤さん、今日から食事上がるの知ってる?」
「えっ、知らない」
「全粥よ」
五分粥から全粥へ。着実に回復へ向かっている。
そのメニューだが、トレイにはメニュー表がくっついてくるんだが、トップに納豆うどんと書いてある。なぬ?
運ばれたのは大きめの(と言ってもこれが普通の丼サイズか)丼に素うどん、そして小鉢に一人前のひき割り納豆のカップが入っている。
なるほど、これをかきまわして、うどんにあけて納豆うどんって寸法か。
ところでうどんに納豆。入院前ならビビッたかもしれないが、こっちは毎日料理関係の雑誌をこれでもか!というくらい読んでいる。
‘03.4月号の「dancyu」の第2特集は「納豆のスゴ腕」だし、5/1号「サライ」の特集は「飽きない納豆料理」だ。時代は今納豆であると断言してよかろう。
納豆をごはんにかけるだけでなく、さまざまな料理法が紹介されている。カレー、中華、そば、オムレツ、百花繚乱のごとしである。もちろんうどんもある。
釜玉納豆という。「dancyu」紀行家勝谷誠彦によれば
「丼に熱々のうどんと生卵を入れ、よくかきまぜておく。納豆には和がらしと醤油を適量。これを時計とは反対方向に20回ほどかき混ぜる。どちらかというと縦回転に近い混ぜ方だ。十分に糸が立ったら丼に加えて一気に勢いよく混ぜるべし。ものすごくいけない食べ物(笑)の堂々完成である」
こんなに早く実現するとは正直言って思わなかった。しかも入院中にだ。
卵、和がらし、醤油はあいにくなかったがとにかく一気に勢いよくぶっかけてズルズルとすすり上げた。
おお!意外なる美味。熱々ならなおさらだったろう。マジで。
「ものすごくいけない食べ物」というのは「クセになりそうな」という意味と解釈した。
ゴハン以外に納豆をかけたのは初めてである。まさに禁断の扉を開いた心持ち。というのは決して大仰ではない。
次回は勝谷氏のレシピを忠実に再現したい。

昼食 LC全粥 五分粥280g
全粥
清汁(タマネギ、ワカメ)
魚の朝鮮焼(鮭)
マロニーの炒り煮(マロニー、ほうれん草、ニンジン)
コンクジュース(オレンジ)

全粥となるとスプーンじゃなく箸を使うのが普通になる。これまで具のなかった清汁に初めてタマネギとワカメの具が入った。焼魚が一切れ。トレイの上から見た目にも「昼食」らしくなってきた。
午前の回診は中山先生。8、9、10日と全粥。11日から普通の飯にしましょうと言われる。明日の血液検査の結果次第で点滴静中終わりになるかもしれず、外出、風呂もOKになりそうとのこと。退院が現実味を帯びてきた。

昨日読んでいた「寺山修司の特集」を中断し、「目からウロコの日常物観察」/野外活動研究会を読み出す。ゴミと一言で括られてしまう路上に転がる無用なモノたちは果たして本当に無用物なのか?いつから無用とされてしまったのか。そこから時代、文化、生活、暮らしを検証していく興味深い一冊だ。
それにしても今日はムシ暑いな。現在東京26.7℃。ちょっと屋上行って涼んでこよう。
…雨だった。

夕食 LC全粥 五分粥280g
全粥
オニオンケース焼トマトソース(上下真ん中からハーフカットしたタマネギの中に肉団子を焼いたものが2つ。皿にトマトソースが敷いてある)
フレンチサラダ(キャベツ、ピーマン、フレンチドレッシング)
フルーツ(パイナップル)
ヤクルト

入院から31日経つ。この間、洗髪は3回ほどしたが風呂には一度も入っていない。酒断ち、モク断ち、入浴断ちだ。こんなに長い間入っていないのも初めてのことである。
まあ身体に点滴の管24時間入ってんだから入浴は無理に決まっている。
毎朝ナースが持ってきてくれる清拭用の蒸しタオルで身体を拭くしかない。今日は珍しく背中を拭いてもらった。
だがそれにしても風呂入りたいわ。

小林旭のAKILA1.ズンドコ節。ダンチョネ節が新鮮に聞こえる。バックのオケはマンボやルンバ。こういうラテン歌謡は小西康陽を初め今のミュージシャン、アレンジャーのテキストになっているんだと思う。「新世界」とか昭和40年代をルーツにしたバンドも流行りかけている。
小林旭はどういう気持ちでこれらを歌っていたんだろうか。当時の流行からすればメインの路線だとは思えないんだが。確実に言えるのは今聴いても遜色ないってことだ。

■ 晴  《入院32日目》 2003年5月9日(金)
13時10分=6.5分  血圧13時45分=98/58

CD:all things must pass/ george harrison
   Abbey road/ the beatles
大西ユカリと新世界+横山剣
   井戸の茶碗/古今亭志ん朝
   永遠の遠国の歌/あがた森魚

ううーっ寒い。7時前のニュース天気予報によれば東京の今日の予想最高気温は19℃だという。
やや厚手の白地に黒の半袖ボーダーTシャツの上に、山吹色の長袖Tシャツを重ね、単価はたしか100円もしないグリーンの靴下を履き、掛け布団の中には薄いグレーのフリースの上着を広げ、その中にすっぽりと入りこんで半身を起こせる位置にベッドの角度を傾けてこれを書いている。
朝食を終え、洗髪に行こうと思っていたがやめた。
今朝は寒さで目覚めた。ちょっと寝不足気味である。
朝食は満足した。里芋煮付と豚肉はウレシイ味で、居酒屋メニューのそれを思い出した。病院食には珍しくしっかりとした味付けがうれしく旨かった。

朝食 LC全粥 五分粥280g
素うどん
里芋煮付(豚肉入り)
はりはり大根
フルーツ(グレープフルーツ(中)4切りが2切れ)
LF牛乳

昼食 LC全粥 五分粥280g
全粥
ムニエル(白身魚(鯖)、レモン、ウスターソース)
大根ときのこのサラダ(いんげん入り、中華ドレッシング)
フルーツ(みかんと桃のヨーグルト)
コンクジュース(オレンジ)

8時半から10時15分まで2時間近くしっかりと熟睡した。
ナースが肝臓の点滴を射しに来て二度寝から目が覚めた。曇っていた空は晴れてきたようだ。
二度寝の前の寒さももう感じない。長袖のTシャツを脱いで洗髪しに行くことにした。
さすがに6時に起きる生活をしていると、午前の時間がたっぷりある。2時間近くも眠れるしCD1枚じっくり聴けるし、頭を二度洗いしてもまだ10時台だ。
入院前の生活ではまず考えられないことだ。退院後もこんなふうに贅沢に午前の時間を過ごしたいものだ。できるかな。

夕食 LC全粥 五分粥280g
全粥
味噌汁(小松菜)
柳川もどき(ごぼう、豚肉、刻み海苔、付け合わせにいんげん)
蒸し茄子の生姜醤油(オクラ1本付き)
蕪の甘酢
ヤクルト

植草甚一の「退屈の利用法」が面白かったのでフランソワーズに他になんかあったら持って来てくれと頼んでおいたら「植草甚一自伝」と「僕の東京案内」を持って来てきてくれた。77年、79年の発行。ちょうどオレの思春期だ。リアルタイムで読んでいても不思議じゃなかっただろうが、もしそうならマセていると言われてもおかしくなかっただろう。
まずは「僕の東京案内」から読み始めた。
植草甚一のファンになってまだわずか1週間か10日かそこいらだが、植草甚一独特の文章はなんというか読んでいると心が弾んでくる。
それがジャズのビートなのかスウィングなのか。時折はさまる写真の飄々としているイメージがピタリと重なる。
ナースの誰かがオレのベッドまわりを見て「もうすっかりマイルーム化してるわね」と冷やかした。そうなってきたら退院してもらわなくちゃと言っているのかもしれない。だがそれももう近い。
そのベッドまわりには読みかけの本がまだ数冊あるし、聴いていないCD、MDも数枚ある。オレには「退屈の利用法」なんてフレーズ考えつきそうにないくらい本と音楽に満たされてはいるが、その中にも当たり前だが退屈を感じるものはある。そういう時はブラリと屋上に行ったりする。

エレヴェーターで9Fへ昇る。開いたドアの右手に大きな窓があり、そこから左を見ると首都高小松川線を走る車が見える。その先には丸井とJRAのビル。
ついこないだまで目の前に広がるこの風景、よく知っているこの街を歩いていたのだ。まさか病院の窓から見るとは夢にも思わず。
見慣れたはずの街がどことなく違って見えた。埃が払われたようにきれいだ。真下に目をやると病院の駐車場の前に立つ街路樹の、鮮やかな新緑が目にとびこんできた。



■ 晴  《入院33日目》 2003年5月10日(土)
13時15分=6.4分  血圧13時45分=110/60

CD:坂崎幸之助のj−pop school
   落語名人会20志ん朝〜代脈〜蔵前駕籠〜/ 古今亭志ん朝

朝食 LC全粥 五分粥280g
素うどん
いんげんのゴマ和え(ニンジン入り)
フルーツ(バナナ1本)
LF牛乳

昼食 LC全粥 五分粥280g
全粥
清汁(小松菜)
魚南部焼きしし唐ソテー(鯖)
南瓜甘煮
コンクジュース(オレンジ)

「坂崎幸之助のj−pop school」のCDを3曲だけ残していたので、それらを聴こうとふたたびヘッドホンをかけたところへ中山先生がやってきた。
「点滴、今日一日やって、明日回診のときにはずしましょう」
予定より1日早まった。
「それと血液検査明日して、それで退院の日にち決めちゃいましょう。ええ来週中のどっかでってことですね」
やった!出れる。模範囚が刑期短縮になってシャバに出るときもきっとこんな気持ちだろうか。
来週中ということは懲役、いや入院はトータル40日以内ってことになるわけだ。

点滴、明日外れることを知っているナース。血圧を測りに来た。
「そろそろここの食事飽きたでしょう」
「いやいややっと全粥なったばかりで普通の食事まだ食わしてもらってないからね」
彼女は急に現実的となったオレの退院を祝うつもりでそう声をかけたのだと思ったが、ふとそれだけではない気がし始めた。
病院だから日々入退院があるのはあたりまえだ。
患者はここから去っていくがナースたちはここに残る。一月もいると「中」と「外」の見えない境界をどうにも感じてしまう。不思議なものだわ。
「外」に出たいのはそりゃそうなのだが、「中」のそれぞれ、医者、患者たち、掃除の人、見舞いの家族たち、今やみんな知っている顔だ。
別に名前を知っているわけでもないし、話したりしたこともない人の方が多いのだが顔見知りではある。向うだってオレのことそう思っているだろう。
ましてやそれ以上にナースたちと接する頻度は多いなんてものじゃない。彼女たちがいなけりゃ患者は一日たりともまともに過ごせない。オレもそうだ。
注射、採血、点滴はもちろん着替え、清拭、排便の世話、病室内のトラブル、深夜の巡回、患者の各種ワガママ等あらゆることに毎日接している。彼女たちの仕事はvery hardだ。

患者であるからあたりまえっちゃーあたりまえなのだが、身体に関するすべてをナースに晒け出している。医者よりもだ。
これほどプライヴァシーを預けている状態というのはちょっと他では考えられない。
「○○さん、トイレ行ってオツウジ出たらそばにある黒いボタン押して下さいね。そしたら看護婦来てオツウジ見せてもらいますから」
「ワカリマシタ。ソウシマス」
よくよく考えるとすごい会話だ。病院以外だと異常性欲者同志、変態同志、スカトロ愛好関係同志でしか聞かれない。
それでいてこっち(患者)はナースの生理日さえ知らないのだ。あたりまえか。
プライヴァシーと言っても身体上だけに過ぎない、と言うかもしれないが一日だけでもここにいてみろ。そんなに単純に割り切れるもんではない。熱があったり腹が痛かったり身体が動かなかったりしているのだ。すべてを晒してナースに頼っていると言ってもいいくらいだ。
すると情とまではいかなくても通常より少し濃いくらいのコミュニケーションが生まれても不思議じゃない。むしろ人間的である。
退院は「別れ」でもある。二度とここに来ない方がいいに決まっているが、少し寂しくもあるのだ。
さっき血圧測ってくれたナースも血圧計を睨みながら似たようなことを思ったんじゃないかとふとそんな気がして今、これを書いているのであるが、もう一度考えたら思い過ごしのような気もしてきた。

夕食 LC全粥 五分粥280g
全粥
味噌汁(タマネギ)
鶏の文銭煮(いんげんを鶏肉で巻いたもの×2、温キャベツ)
青葉煮浸し(小松菜)
ニンジンサラダ(フレンチドレッシング、千切り)
ヤクルト

夕方、アイスティーと志ん朝のCD2枚持ってフランソワーズ来訪。
昨日NHKで見た茨城の新緑の話やmYmeちゃんが痩せたという話をしていたら夕食の時間になり、運ばれてきたオレの全粥メニューをデジカメに収めた。



■ 晴〜薄曇  《入院34日目》 2003年5月11日(日)
13時05分=6.2分  血圧13時25分=102/58

CD:calole king live
落語名人会28志ん朝20〜堀の内〜化物使い/ 古今亭志ん朝

朝食 LC米飯 米飯220g
素うどん
オムレツトマト
浸し(ほうれん草)
フルーツ(オレンジ2切れ)
紅茶

食事は残さず食べている。嫌いな物もここでは食べられてしまうから不思議だ。サツマイモ、南瓜は入院する前ならどうやったって食えなかったが、食ってしまえばそれほどまずいとは思わなかった。病気ゆえの環境の変化が味覚をも変化させたのだろうか。
今朝など普段なら絶対使わない砂糖を紅茶に入れてみた。甘い。やっぱりストレートがいい。まあこれは実験。

植草甚一は入院していたとき、食べたい物のことを毎日書き連ねていたとあったが、オレもまったく同じで入院患者とはそういうものなのかと驚くと同時に嬉しくなった。
まだ絶飲絶食のとき「dancyuでもなんでもいい。料理の本を持って来てほしい」と言うと、金田もモリケンも「どうせ食えないのに蛇の生殺しじゃないか」とか「目の毒じゃないか」と心配していたがまったく逆で、これほど空想で遊べるものはない。
京都の特集では、ある料亭のコースメニュー全品がカラー、キャプション、解説、インタヴューつきで載っていたが、「いずれ食いに行こう」を飛び越し「うー腹一杯、ごちそうさま」という気分に本気でなった。

だからたとえば「こだわりの店乱れ食い」/伊丹由宇には行きたい店に片っ端から付箋を貼り付けているし、雑誌で興味持った店にはノートにメニュー、営業時間、休日、住所、TEL、地図まで控えている。
また作る方にも興味は広がり、ロビーにある女性セブン連載のグッチ裕三のレシピを初め、日テレ「キューピー3分クッキング」は毎日欠かさずチェックし、気に入ったメニューはメモることを怠らない。
そんな中でも味覚に変化起きたかなと、本気で思ったのがアップルパイの店をチェックしていたときだ。チェックすること自体以前じゃ考えられない。甘い物なんぞ何年も食わずに平気で過ごしていたのに。入院生活で洗脳ならぬ「洗舌」されてしまったのだろうか。

今いちばん何が食べたいか。その日によってその時によって違うのだ。でも変わらずこれが食べたいというメニューがある。ポークソテーだ。今こんなシンプルなメニューは洋食屋にも少ないかもしれない。手元にある料理関係の本にも載っていない。実際何年も食っていないかな。
子供の頃の記憶にあるレストランメニュー(というか食堂だな)の味。いくつか憶えているが、その中のひとつがポークソテーである。
何が食べたいか。つきつめていくと子供の頃に記憶した味に行きついてしまった。

昼食 LC−10米飯 米飯220g

魚汐焼ライム添え(鮭、醤油)
茄子のゴマ味噌煮
コンクジュース(オレンジ)

夕食 LC−10米飯 米飯220g

八珍豆腐(豆腐、かまぼこ、竹の子、ネギ、椎茸、絹さや、あんかけ)
ワカメサラダ(ニンジン、キュウリ、タマネギ、ノンオイル和風ドレッシング)
フルーツ(リンゴ2切れ)
LF牛乳

予定より1日早く全粥終了。本日から普通の白い飯になった。34日ぶりの銀シャリだ。昼は焼鮭に飯。なんともシンプル。でもこれこそがメシという基本みたいなメニューだ。夜は味付けが少々物足りなかったが、それでも白い飯ってのはそれだけでウレシイもんだわ。

予定より1日早いことがもう一つ。点滴終了。
午前6時で終了。回診のときに大静脈に入った管を抜去する。これは34日ぶり。どこへ行くにもガラガラと押して歩いた点滴スタンドから解放。この解放感といったらなかった。トイレへ行くにも身体ひとつ。しかも早足になったりできるし、ロビーで読書中にお茶が飲みたくなってもストレス感じないでベッドに湯呑みを取りに戻れる。
昼食後初めて1Fから外に出てみた。
風が心地いい。カラリとまではいかないが、それでも晴れた空が気持ちいい。
ブラリと足が動き出す。大通りに出てみると日曜ながらクルマが多い。なんだか懐かしいような嬉しいような気分。交差点に向かうとフランソワーズがオムライスを食べたという洋食屋を見つけた。メニューを見るとポークソテーがあったぞ。
裏通りに入るとやきものの店があったので覗いてみた。安い値段で湯呑みや器、皿、花器が並んでいる。店の主人に聞くと陶芸教室をやっているという。
元はやきものを売るのが専門だったが、ある陶芸家と出会って自分でも作るようになったんだという。それが今じゃ教える側となって生徒を持つまでになりこうして店を構えている。悪くないなそういう生き方も。

結局散歩していた。
34日ぶりの散歩だ。ちょっと暑くなったので病院へ戻る。
「はい加藤さん」
手渡された体温計を脇に挟んで時計を見たらちょうど1時になるところだった。



■ 曇  《入院35日目》 2003年5月12日(月)
13時15分=6.6分  血圧13時30分=104/60

CD:10cc gratest hits 1972-1978/ 10cc
荒木一郎(いろいろな人たちと〜森山良子、忌野清志郎、原田芳雄、上田正樹、宇崎竜童)
   ギター弾きの恋
   花様年華
   今戸の狐/ 古今亭志ん朝
   白呪/ 美輪明宏

朝食 LC米飯 米飯220g
素うどん
白菜炒り煮(ニンジン、椎茸、ほうれん草、ゆで卵半個)
春菊浸し
フルーツ(オレンジ2切れ)
LF牛乳(小岩井しっかりカルシウム200ml)

昼食 LC米飯 米飯220g

酢豚
伴三線(春雨、ニンジン、タマネギ)
コンクジュース(オレンジ)
清汁(長ネギ)

テレビのカードの残り時間はたったの7分しかないので、朝7時のニュースはラジオを聞くことにした。
昨夜の地震のニュースはずっと聞いていたがやらなかった。震度4は東京じゃ久々に大きかったが、この病室で起きたのはオレともう1人だけであとの4人はぐっすり眠っていた。今も横見ると眠っている。

mayaからのメールに返事を送ろうと思い、屋上に出た。ちょっと肌寒い。
今日退院日がわかると期待していたが中山先生は休みで、楽しみは明日に。
だから返事は退院日が決まってからにしよう。病室へ戻る。
今日の「キューピー3分クッキング」はビーフカレーだったがNHKの天気予報も見たい。両方を頻繁に切り替えながら見てたらカード残り3分になってしまった。さて700分のテレビカードもう1枚買うべきか。買って退院までに見切れるか。ちょっと悩んでいる。
悩んでいるといえば友人たちに送る退院の挨拶状の文面を2、3日前から考えているのだが、スッキリと短く、しかも気の利いた文が書けずにいる。
「桜満開、イラク侵攻、都知事戦」と入院前の出来事を並べ時間の経過の早さと、オレにとってのカットアウトされた春を書こうとしたが、どうもうまくまとまらない。
やめた。
もっとミクロな次元にしてみた。
できた。
オレに相応な下世話な挨拶文だがこれでよい。もう推敲するのも終了。

夕食 LC米飯 米飯220g

味噌汁(麩、ネギ)
魚照焼(鮪)
蕪の炒め煮(絹さや)
ほうれん草の磯合え
ヤクルト

今日の夕食で初めて醤油が出た。出たというかついた。小さな袋入りのヤツである。
これまでにも。ああ醤油かけたいなという時は多々あった。が、病院食じゃしょうがないとあきらめていた。
夕食は鮪の照焼がメインディッシュで、脇に大根おろしが添えてある。なるほどね。ためしにそのまま照焼を食べてみたがこれでも充分いける。でも大根おろしに醤油かけて一緒に食べた方が飯もはかどるのはあたりまえ。常識。火を見るより明らかである。「もう一杯!」とおかわりしたくなった。ああ退院したら定食屋へ行こう。

点滴スタンドはずれたので食事のトレイは自分で取りに行き、終わったら下げに行っている。
さっき廊下に置かれた大きなワゴンに、食べ終わった自分のトレイを下げていたらナースのひとりに「加藤さん元気になったねえ」としみじみ言われた。
もう35日もいる。最悪の状態から見られているゆえ、しみじみ加減はちょっぴり心にしみた。
植草甚一「僕の東京案内」読了。

■ 曇  《入院36日目》 2003年5月13日(火)
13時40分=6.8分  

CD:越路吹雪ゴールデンベスト
   熱い胸さわぎ/ サザンオールスターズ
   東京/ 桑田圭祐
   late for the sky/ jackson browne

朝食 LC米飯 米飯220g
素うどん
豆腐のきのこあん
浸し(ほうれん草)
フルーツ(グレープフルーツ2切れ)
LF牛乳

昼食 LC米飯 米飯220g

味噌汁
芙蓉蟹
ほうれん草中華風サラダ(ニンジン、インゲン)
冷しトマト
コンクジュース(りんご)

10時になるのを待って、9Fの大浴場へ行くと脱衣場には先客が2人。5、60代のオジサンたちだ。裸になる。
「風呂ぐれえしか楽しみねえからな」
なるほど。だがその楽しみ、オレは最初で最後かもしれないなと思う。風呂は週に2度っきり。火・金だけだ。今週中の退院となればそういうことだ。

長方形の風呂場はちょっとした温泉風。入ってすぐの右と左の壁2面にはカランが合わせて8つほどある。思っていた以上に広い湯船は南と東の窓2面に接していて、天井まであるその大きな窓はすでに湯気で曇っていて外は見えない。
まずはシャワーとオケで湯を交互に浴びる。オジサンのひとりは早々と湯船に浸かっている。曇った窓とはいえ午前の光でキラキラしていてちょっと眩しい。オレは湯船にそっと足を入れてみた。
うわっ!熱い!段になっているとこに腰をおろす。これ以上入れんぞ。オジサンは平気だ。
「熱い湯が好きでネエ。朝湯はいいネエ。45℃はあるネ。おれは48℃っくらいがいちばん好きでネ」
もう一人のオジサンも入ってきた。オレもゆっくりと深く身体を沈めてみる。数cmきざみで。熱い。
「いやあ1週間ぶりだよネ」
「こっちは一と月ぶりですよ」
そう言うとちょっと驚いた顔をした。
「へえ〜あれだってネ。人間の皮膚は28日で剥けるんだってネ」
「そうですか」
本当かな。
36日ぶりの風呂だ。いや普段はシャワーオンリーだから湯船に浸かるとなるともっとだな。やっぱでもこういう大きな風呂は気持ちいい。
頭を洗い、身体も入念に洗ってもう一度湯船に浸かろうとしたらドヤドヤと大勢入ってきた。
2度目もやっぱり熱かったが、最初に比べればすんなりと入れた。湯船の向うの角が黒く大理石かな、それっぽい石が積んであってそこからジョロジョロと湯が流れ出ている。なるほど本当に温泉みたいだな。
手を出すとホントに48℃くらいと思えるほど熱かった。

17時半。中山先生から退院の日にちを告げられた。15日木曜日午前。あさってだ。
ようやくなのか。思ったより早かったのか。どちらでもある気がするしない気もする。
すっかりマイルーム化したベッドまわりも明日いっぱい。いや明日は片付けなければいけないから正味今日いっぱいか。
オレが出たらすぐに入る患者がいるという。今日の斜め前の小堀さんが昼食後に退院した後すぐに新しい人が来たように、あさっての昼過ぎにはここはオレの知らない416号室になるんだな。

夕食 LC米飯 米飯220g
チキン野菜焼キャロットグラッセ(鶏胸肉。上に椎茸乗せ、塩味、ウスターソース付き。甘茹でニンジン)
蕪の葛煮(冷製)
フルーツ(キウイ1個)
ヤクルト

清汁(ネギ)

退院日が決まったからってわけじゃないだろうが、夕食はオシャレなメニュー。チキン野菜焼キャロットグラッセなんて名前もそうだが見た目もどうしてナイフフォークがお似合いでしたわ。また「お料理」が小振りで皿の面積がやけに広いのがなんともフレンチっぽくてイイ感じ。
フルーツはキウイ丸ごと1個で半分に切ってある。いつもなら缶詰の桃やみかんなのにキウイとは。もうニクイね。
でもこれって皮付きのまんまだと食いにくくてしょうがないわ。手じゃ皮剥きづらいしガブリとやりつつ剥きつつでちょっとお下品な食べ方でした。冷製の蕪の葛煮はよく知らないが京風イメージ。すべて満足。美味しゅうございました!!

■ 晴  《入院37日目》 2003年5月14日(水)
13時25分=6.3分  

CD:late for the sky/ jackson browne
   Lately/ mYme with keach(md)
Jeff beck with yardbirds

朝食 LC10米飯 米飯220g
素うどん
野菜のスープ(ニンジン、白菜、椎茸、グリーンピース、中華風あんかけスープ)
フルーツ(バナナ1本)
LF牛乳

昼食 LC−10米飯 米飯220g

清汁(タマネギ)
チキンソース焼ピースサトウ煮(グリーンピース砂糖煮)
温野菜盛り合わせ(カリフラワー、ミニキャベツ)
コンクジュース

昼前までに8割方の荷物の整理が終わった。モリケンからもらったゴルゴ13はロビーの雑誌かごの中へ「寄付」する。
荷物は本とCD、それと衣類。まとめてみればそれほどの量ではない。とはいえ一度に運べる量でもないか。

昼食のあと散歩がてら近くのキャッシュサービスがある住吉交差点までブラリと歩く。
長袖のTシャツだとちょっと暑い。
蛤塚なんて珍しいものがあるので近づいてよく見てみると「はまぐり屋」という料理屋のものだった。ちょっと気になる。営業は5時からとなっていた。隣は蕎麦屋。メニューを見てみる。やっぱり食べ物屋に目がいくなあ。
地下鉄の駅まで来たので覗いて見ることにした。階段を降りる。壁のタイル絵が新しい。そうか、半蔵門線が乗り入れてまだ日が浅いのだ。昼下がりのせいか乗降客はまばらだった。
改札近くをぶらりとして地上へ。久々に階段を上る。これがなんともキツかった。
クラクラ&フラフラ。オオゲサではなく足がもつれそうになった。筋力メチャクチャ落ちているわ。

夕食 LC10米飯 米飯220g

味噌汁
煮魚(キンメ?)
お浸し(キャベツ、海苔、インゲン)
フルーツ(りんご2切れ)
ヤクルト

夕食が済み、配膳の大きなワゴンが去り、7時ともなれば病棟のフロアは静かになる。
パラマウントベッドの背を50度くらいに立ててお茶をすすっているとフラリと金田が現れた。
「いやあ退院だって?良かったねおめでとう」
ちょうどこのあと8時から水天宮で打ち合わせがあるという。早めにこっち方面に着いたので寄ってくれたのだ。
池波正太郎の「むかしの味」の文庫本をもらう。オレが池波サン好きなの金ちゃん知ってたっけな。前もらった本もそうだがオレが好きなものをよく知っている。
退院までの状況を冗談交じりで話す。カミさんの麻里ちゃんは「キーチくんの点滴にそろそろそっとお酒を入れてもいい頃じゃない」と言っていたそうだ。そうそうよくおわかりでって、んなわけねえだろ!消化器直接通さず血管にぶちこめば膵臓には影響ないのかなどとマジだか冗談だかわからなくなってきたところで時間となった。外まで見送りに行く。

夕方、思い立って錦糸町のLIVINに行ってみた。
世話になったナースたちへの買い物はすぐに見つかった。
半蔵門線の延伸で地下にも錦糸町駅ができた。徘徊してみたかったが今度にしようとホームへ急ぐ。
電車が来るまで立って待っていると大腿部から膝にかけてプルプル震えているのがわかった。明らかに筋力メチャクチャ落ちているわ。

■ 雨  《入院38日目》 2003年5月15日(木)



朝食 LC10米飯 米飯220g
全粥
味噌汁(小松菜)
茄子と鶏肉の煮物
焼き海苔
フルーツ(オレンジ2切れ)
LF牛乳

ふくはらぎが痛い。
朝トイレに行こうとベッドを降りて一歩歩き出したとたん、ビビッと電気が走るような痛みを感じる。筋肉痛だ。
昨日ちょっと歩いたからだ。階段の昇り降りがキイているのだろう。あれくらいのもんでっても1と月ぶりの階段だ。見事な筋力の落ちっぷりに笑っちまうが実は愕然としている。
こりゃ足腰のリハビリ大変かも。

病院での最後の食事は全粥だった。あれ?戻ってるぞ。マチガイかなと最初思ったが朝だからだろう。そういえば米飯になってからも朝食には米飯は出ていない。うどんだった。消化のことを考慮しているんだろうか。

外は小雨がパラついている。
この入院期間中、一日中雨だったってのは2日あったかないかだ。退院日が雨というのは寂しい気がしないでもないが、それ以上に心配なのはテレビの天気予報、はしり梅雨なんて言ってくれている。
おいおい待ってくれ。やっと一年でいちばん美しいといわれる季節にギリギリ間に合いそうなんだぜ。
風薫る五月、光溢るる初夏。ようやく始まるとこよ。


治療状況
「禁食、輸液、蛋白分解酵素阻害薬のほか血液濾過透析、エンドキシレン吸着術を施行した。抗生剤も使用したが38度台の発熱持続し腹水、左胸水貯留著明であったが次第に状態改善し、5.15退院となった」






日比谷シャンテにて 03年9月

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