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『重症急性膵炎入院日記』
03年04月の日記
■ introduction 《入院前日》
2003年4月7日(月)
東京の桜はまだ散る様子もなく、イラク戦争は米英の攻撃が始まり、都知事戦の石原知事のポスターにいたずらした男は逮捕された。
この夜の酒は350ml発泡酒1本。焼酎ロックレモン割り1杯半。夜10時に膨満感をおぼえ、酒は切り上げ少し横になり眠る。酔いはまわらず。
突然嘔吐感がこみあげる。最初の嘔吐。トイレにかけもうとしたが間に合わずトイレのドアに向かってぶちまけた。こんなことは今まで一度もなく、嘔吐をこらえきれなかったことにかなりショックを受ける。
ぶちまけたものを掃除し、口をうがいしてから水を飲む。だがやがてその水も吐いてしまう。左腹の痛み増大し始める。その後も吐きに行く。
何度目かの嘔吐後、額、頭からの大量の発汗に愕然とする。フラフラになってきて「こりゃあマジでヤバイな」と思う。もはや立って歩くことが困難で、這いずるようにベッドへ戻った。救急車を呼ぼうかと思ったが近所の手前ハズカシイのでやめた。
イブAを通常の倍飲んでみたが腹の痛みはまったくおさまらず、眠れないまま朝になる。
(あとで医者に伝えたこのときの痛みに関しての表現。「腹から腸をひきずり出されぎゅーっとねじられているような痛みが断続的でなくずっと続いていた」)
■ 《入院1日目》
2003年4月8日(火)
(明け方、ほかの鎮痛剤を飲むが効く様子は見られず。痛みはさらに増大。まともに立ち上がれない。登山用のステッキをついて近所の医者いくことにした。わずか250mの距離だったが歩けないのでタクシーで行く。
触診で腸閉塞かもしれないと告げられる。検査必要とのことで他の病院へまわされることになった。待たせておいたタクシーで江東区住吉の社会福祉法人あそか会あそか病院へ)
(病院受付から看護婦に車椅子で外科外来へ運ばれる。すぐに検査。その場で重症急性膵炎と診断された。
血中アミラーゼは普通の人の10倍あるいは100倍(?)の数値と聞かされる。
何人かの医師、看護婦に押さえられ身体中に管がつっこまれる。絶対安静。右足首ベッドに縛られ固定。上腕に痛み止めの注射を打たれる。以後しばらくの記憶は不鮮明)
・ 医師所見
「H15.4.7 11:00pm 嘔吐4回、4.8 2:00amより上腹部激痛、他院より紹介来院。緊急入院となった」
・ 臨床徴候(該当した項目)
「重症感染症:白血球増多を伴う38℃以上の発熱に、血液細菌培養陽性やエンドトキシンの証明あるいは腹腔内膿瘍の認められるもの」
「出血傾向:消化管出血、腹腔内出血(Cullen徴候、GreyTurner徴候を含む)、あるいはDICを認めるもの」
・ 画像所見−CT Grade分類−
「4.?Grade?:膵の腫大は様々で、膵全体に実質的内部不均一を認めるか、あるいは膵周辺を越えて(胸腔、又は左側の後腎傍腔)炎症の波及や液貯留を認める」
・ 重症度判定及びStage分類
「重症度スコア10点 重症?Stage3(9〜14点) 致死率29%」
社会福祉法人あそか会あそか病院 担当医師 根本
(8日から10日までは絶対安静。幻覚、譫妄を見ている。筆記用具があっても筆記できる状態ではなかった。以後もしばらく同じような状態が続くが、メモ程度のものを取ることはできるようになった)
■ 《入院2日目》
2003年4月9日(水)
(血液濾過透析を行う。何度目のとき機械が不良になった。薬が切れると痛みで覚醒する。
夜、幻覚、妄想。天井についている照明がスライドして監視カメラが動いていると確信している。脈拍が140以上になると機械がピーと音を立てる。夜中でも看護婦がかけつけなにやら処置するが、オレの不信感は増大している。天井、床、壁の位置関係がよくわからなくなっている。自分がどの位置に立っているのか寝ているのか夢と現実が混濁している)
■ 《入院3日目》
2003年4月10日(木)
(水が飲めないのがつらい。看護婦にガーゼにくるんだ氷をもらい口に含む。絶対に飲んではいけないと釘をさされる。深夜、監視されているという妄想拡大。不信感から点滴等すべての管を自分ではずす。看護婦2人すぐに駆け付け口論となる。やってきた医者とも口論)
■ 《入院4日目》入院日記書き始める
2003年4月11日(金)
フランソワーズ来訪。ブラックジャック、メトロポリターナ、内外タイムス。
■ 《入院5日目》
2003年4月12日(土)
公彦、吉橋来訪。週刊マンガ(注・マンガ雑誌の意)、SPA。
ケン来訪。CD、CDプレーヤー、花。
(11、12日に初めて友人たちの来訪を受ける。寝たきり状態。ようやく幻覚、譫妄から脱却し始めるが、ちょっと会話しただけで疲労する。ケンとは5分も話していない)
■ 《入院6日目》
2003年4月13日(日)
フランソワーズ来訪。Tシャツ。
モリケン、アサコ来訪。花。Tシャツ。
(最初に病室に入ってきたときオレは寝ていたという。メモを残しふたたびやってきた)
■ 《入院7日目》
2003年4月14日(月)
フランソワーズ2時、6時。メガネ立て。
■ 《入院8日目》
2003年4月15日(火)
416大部屋移動する。14時半。
18時の検針(注・検温の意であろう)、8.4分。
看護婦が解熱剤入れてみるかどうか聞くので入れてもらうことにする。フラフラだ。
他の5人は食事終了。
オレはうがいのみ。うがいも楽しみのひとつである。もはや。
三越本館地下のフレッシュ・ジュースを何度も思い描いていた。
ストロベリー・ジュースとメロンジュース。氷たっぷり入れてもらって飲みたい。
本当はグラスでくれるとウレシイんだけど、たしか環境にアレしたくだらん容器なんだよな。魔法瓶を持って行っていっぱいにしてもらいたいくらいだ。
■ 快晴 《入院9日目》
2003年4月16日(水)
午後、両親。花の鉢を変えてもらう。
親父は妹に伝えたが、膵炎って何のことかわかなかったようだと言っていた。あのままにしていたら死ぬというのを聞いて初めて合点したらしい。
便通比較的少なくなった。
ブラックジャック(19)を読んでいるとフランソワーズ来訪PM7時半。
ノートとペンを持ってきてくれる。それと「ビックリ東京変遷案内」石黒敬という平凡社からの写真集を持ってきた。
まだこちらのオツムは夢の中。この程度の絵と図の量がちょうどよ。今のオレには。字ももう書けないし。
(注・この日まで産経新聞の販売店からもらったメモ用紙に書いている)
■ 快晴 《入院10日目》
2003年4月17日(木)
今日で入院10日目突入。絶食絶飲相変わらず続く。腹の痛み小康状態。
それより8度以上の熱が毎日続いている。こっちもかなりツライ。
16時から2回目となるCTスキャンでナースとともに1Fへ降りる。オレはもちろん車椅子。他のフロアーに行ったのはこの病院に来たとき以来と知りガクゼンとする。
絶対安静のツラさ。
19:30、フラリとハラダが来訪。六条麦茶、爽健美茶のペットボトルを持ってきた。ありがたいが飲めないのだよ、ハラダくん!
「それじゃイメージトレーニングということで…フォッフォッフォッ」とわかったようなわからないようなことを言いながら「また来るす」と笑って帰っていった。
解熱の点滴が終わった。
ハラダにも言ったが今日のオレの空想は三越のジューススタンドのストロベリーとメロンジュースに関するものばかり。
目を閉じると上アゴの奥にメロンの甘い香りが貼りついているのが感じられる。
鼻の奥から抜けてくる匂い。たまらん。
20時から「お江戸でござる」を見よう。
有料テレビ。基本的にNHKしか見ないな。それも興味ないニュースなら止めてしまう。シビアだ。口が乾いてきた。
■ 晴 26℃らしい 《入院11日目》
2003年4月18日(金)
膵炎の熱は朝から今日も強力に襲いかかってくる。6時の検温8.4分。
やっとテレビのある部屋に来たので、NHKのニュースを見る。もうイラクがトップでやることもなくなったようだ。ん〜なんだか早いな。
右、左、両手すでに点滴に耐えられる血管はなくなっているとナースは言う。
「加藤さん、午後から鎖骨の静脈に一本入れますからね」
これだと両方解放されるし、大静脈だから血管太いし液モレもないしと良いことづくめだ。
うがいが唯一の楽しみなんだけど、たとえ水道水でも口の中で、最低5秒なめまわすように水をいじくっているとほのかな甘味が生じてくる。これは唾液と混じってそう感じるのか。再び熱中してみる。
夜、フランソワーズとケンが相次いで来訪。
ケンは「more than this」のguestbook4/16ページをプリントアウトして持って来てくれた。
その他、差し入れ。「文春」、「ダ・カーポ」、「タンマ君」、「石原慎太郎主義賛同!!」←これはフランソワーズが図書館で借りたらしい。サンクス。
「ちょっと顔色良くなった」とケンに言われた。
魔法瓶にそれぞれ三越のストロベリージュースとメロンジュースをたっぷり入れてもらい、別の容器に氷をもらい、やや肉厚のグラスで乾杯しよう。
いずれは家のミキサーで作れるようになれれば良い。
サンドイッチを買ってランチとしゃれこみたい(4/18)
(注・同日にメモ書きしたもの)
■ 晴のち曇 《入院12日目》
2003年4月19日(土)
朝6時=7.6分、13時半=7.9分、17時=8度
頭痛もひどくなってきたので解熱剤の点滴を混ぜてもらうようにナースに頼んだのは18時過ぎだった。
それでもなお今日は調子良かった。
ケンから借りているCDの立派なファイルをベッドの上に拡げて寝ていれば、必ず何人かのナースが
「なんですか!これ」
「へえ〜CDいっぱいすごいですね」
と驚いている。中には
「どんな感じの音楽ですか」
と聞いてくれるウレシイナースもいる。
夕方、フランソワーズ来訪。「タンマ君?」を持って来てくれる。
mayaに夜TELしてくれるように頼む。
また、三越でストロベリージュースを飲んでくれるように頼む。そしてコマカイ報告を期待してみる。オレの想像と果たしてどう違うか。楽しみだ。
■ 曇 《入院13日目》
2003年4月20日(日)
水枕の水が溶け、後頭部から首にかけて筋肉痛が走り、夜中に目覚める。それでなくても熱による頭痛があるというのにかなわん。
ブヨブヨの温かくなった水枕をはずす。
朝の検温7.1分午前中は頭痛をやり過ごすように静かにしていた。13時半の検温7.4分。解熱剤入れてもらってないのに熱が下がり気味だ。頭痛も気になるほどじゃなくなってきた。
水道水でうがいをしているところへ藤平、真由美夫妻来訪。子供たちは家で留守番だという。
藤平はオレのHP、コラムを毎日読んでいたらしく「異変」に早くから気づいていたらしい。ケンから直接聞いてはいたがオレの容体を気遣い一週間見舞いを遅らせたらしい。
これからはちょくちょく寄らせてもらうと言って帰っていった。
その10分後、ドンキの袋を手にケン来訪。
こないだ話したうがい用のミネラルウォーターをいっぱい持ってきてくれた。ありがたい。
早速飲み、じゃない、味比べだ!
「volvic」「KIRINアルカリイオンの水」「安曇野の天然水(北アルプス系)」「サントリー天然水」南アルプス系)」「vittel」の5本。
まずは「volvic」対「KIRINアルカリイオンの水」だ。
「volvic」は落ち着いた軟水だ。水としてバラけない。あくまでも自然水を主張している。
「KIRINアルカリイオンの水」はやや硬め。なんか一手間工程を経ている気がする。ややとんがった「水」は、慣れるのに少し時間がかかりそうだ。「volvic」の勝利だな。
アルプス対決。「安曇野の天然水(北)」と「サントリー天然水(南)」。
口当たりの軽さは安曇野に軍配。どちらもやや金属臭がする。「サントリー天然水」の方が強く感じるのだが、それでも全体のまとまりはとれている。
ややクセのある「南アルプス」に軍配を上げるとするか。
最後はミックス。軟水感がさらに増す。
そんなことをしているとフランソワーズが来訪。mayaにTELしてくれた報告を聞く。ありがたいことだ。
三越のストロベリージュース、昨日はもうすでに売り切れで仕方なく「ストロベリーミルク」を注文したという。
暑さのせいもあるのかストレートフルーツジュースは売り切れるの早いそうだ。
JCBの機関雑誌「GOLD」を置いてってくれる。
ナースが水枕を持って来てくれたがどうも頭痛を助長している感が否めないので、今夜もはずすことにしよう。
しかし「volvic」にせよ「水道水」にせよ一度ゴクリと心ゆくまで飲みたいわ。
■ 曇→晴 《入院14日目》
2003年4月21日(月)
6時半の検温7.3分。14時20分は7.4分。18時20分7.1分。
熱が引き始めたのか身体がだいぶラクになった。
腹痛はまだある。
心臓の下あたりまで痛くなったが、医者の説明によるとこれも腹水のせいでありそれも珍しくないとのことだ。
午後レントゲンを撮りに1Fへ。
終わって帰ってくるとナースたちが新しいシーツに敷き変えてくれている最中だった。
部屋の前のロビーで初めて休む。
もちろん車椅子のままではあるが。
両親来訪。おふくろがオレのうがいがどれだけ今の唯一の楽しみと知ったかどうか知らないが、2リットルのペットボトル「大菩薩名水」を買ってきた。
ありがたい、なにはともあれ。
これで不味い水道水を口に含まなくても済むようになった。ケンから昨日もらった各種ミネラルはまだあるし、うがいが唯一の楽しみと書いたがうがいオンリーでこれらのミネラルウォーターを吐き出すなんて、よく考えなくてもずいぶんと贅沢だわ。
さてその贅沢をちょいとやるかな。
(BGM allen toussaint collection)
■ 晴 《入院15日目》
2003年4月22日(火)
検温は昨日よりいい結果だった。
朝6時45分=6.8分。13時20分=6.9分。18時10分=6.4分。平熱時に近い。6度台になると身体もかなりラクだわ。
昨夜は二度汗かいて起きた。下着代わりのTシャツも取り替えたし。
ところがなんと朝の回診で血便がどうのこうのと言っている。医者とナースがオレの血便がどうのと言っている。
「あの、何か?」と尋ねると
「いやいや、はいお大事に」
午後、中山先生が
「加藤さん、小さなイボ痔がありますね。ちょっと見せて下さい。ハイ、ちょっと痛いですよ。ハイもう大丈夫」
大丈夫じゃないぜ…。
今まで生きてきてオレは痔持ちじゃないってのが密かに自慢であったのだ。クソ、イボ痔だと…。
「下痢がつづいているんで痔の部分が切れて出血したのかもしれないですね。あとでお薬出しときますんで自分でやってみてください」
「自分でやるんですか」
「あ、看護婦にやらせてもいいですよ」
自分でやるわ。
薬がきた。弁当箱につけるような小さなマヨネーズみたいな容器だった。
便器に座り、カンで肛門を探しエイッ!とブチ込む。初めてよ。
だけど緊張したわりには意外と簡単に済んだ。
10日分の薬でイボ痔は消えるのだろうか。
19時20分過ぎにフランソワーズ来訪。
雑誌「metro min」、「ぱすねっと」、ハワイのミネラルウォーターと自宅の浄水機の水を持って来てくれる。
一口試してみる。ハワイのはウマイ。浄水機はやっぱり水道水だ。だまされないぞ。
フランソワーズにしては珍しくdynabookのカタログを持っている。PC買うつもりらしい。その前に明日はアダチさんといっしょにデジカメを買うそうだ。
デジカメ買ったら明日持ってくるそうだ。
■ 曇 《入院16日目》
2003年4月23日(水)
痔の薬を注入し終えた。まだ二回目。抵抗ないわけがないがしょうがないわ。小さなマヨネーズみたいなヤツを絞り出す。
検温は、6時半=6.7分、14時=6.7分、18時20分=7度。惜しくも7度ジャストだった。でも気分は悪くない。だんだん調子良くなっているようだ。
午後、金田来訪。久し振りだ。トモの結婚式の話を聞かせてもらった。トモは今オーストラリアへ新婚旅行へ行っているらしい。文庫本三冊頂く。
ようやく、活字を追うのも苦じゃなくなってきた頃なのでありがたかった。
五木寛之の「生きるヒント5」ってのが笑わせてくれた。第1章が「治る」だわ。
金田らしいシャレのセンスがウレシイ。
夕方、親父にヴィデオのGコード予約の仕方を何度もレクチャーしたあと、ノドが渇いたのでハワイの水でうがいしようとボトルを見ると増えている!!
おふくろが余計なことをしたらしい。「大菩薩名水」をボトル一杯になるまで混ぜてしまった。これじゃなんだかわからないじゃないか。うがいが唯一の楽しみであるのに。
両親が帰るのと入れ替わるようにフランソワーズが来訪。池波正太郎の未発表エッセイ集「おおげさがきらい」を持ってきた。それからデジカメを買ったと言って見せてくれた。
この病院に来るまでの通り、商店街の画像4点を見せてくれる。
シャバのニオイがプンプンしている。
オレも早くその商店街を歩いてみたい。
デジカメは買ったばかりで充電しないと使えないらしい。
病室のベッドまわり、点滴等を撮ってもらう約束をする。なにしろこんな光景もうないだろうからな。
夜7時45分過ぎフラリとモリケンがやって来た。
「大丈夫ですかキーチさん。あ!少しやせました!」
仕事が早く終わったので気になってやって来たと言っていた。そうかこの部屋に移ってからは初めてだったかな。
オレは前回より大分くつろいでしゃべれたようだ。
それくらい回復を自覚できるようになった。
モリケンと握手して別れた。
■ 曇 《入院17日目》
2003年4月24日(木)
入院17日目。絶飲絶食変わらず。
熱は下がり、安定してきた。
7時50分=6.5分、13時05分=6.6分、18時45分=6.7分。
腹痛も気にならないというより、ほぼ感じないくらいになってきた。
回診で中山先生より、トイレ、洗面、ロビーの使用許可がおりた。「やった!」。
ポータブルトイレは早速片付けられ、普通の人間と同じ用便足しに「昇格」する。
点滴スタンドをゴロゴロ転がしながらも久々に「自由」を感じる。ロビーでわけもなく寛いだりしてみる。
でもまだ治ったわけじゃない。快方に向かいつつあるということにすぎない。
膵臓はむくんでいて、膵液による腹水が左胸の方まで溜まっている。
内臓の数値は良くなっているが、まだまだらしい。
それでも退屈な「ベッドの生活」に、少しでも歩けるってアイテムが増えたのは実に大きいことだ。「うがい」の楽しみの10倍はデカイわ。
さて、ハワイの水と大菩薩明水を混ぜたおふくろは罪滅ぼしか「volvic」の1リットルを2本買ってきた。気にしていたようだ。その「volvic」でうがいしてみるか、今から。
(BGM just like you/ keb’mo)
■ 曇 《入院18日目》
2003年4月25日(金)
熱はさらに下がり6時25分=6.2分、13時40分=6.5分と平熱に近くなった。
身体の調子はすこぶる良いように感じるが、先生によれば血液検査の結果は正常とは言えないらしい。だんだん良くなっているのは確かだがまだらしいわ。
夕方6時ごろ藤平がブラリと来訪。
「volvic」、「vittel」、「evian」、「ICEAGE」を持って来てくれた。
カナダ天然水の「ICEAGE」で早速うがいしてみる。かなりの軟水だ。
ロビーに移動して話す。
前回彼が来てくれた時はオレはベッドから起きあがれなかった。なんという回復。
でもここで調子ブッこいてはイケナイ。
有難く水を頂戴し、今もペロペロとナメながらこれを書いている。もちろん吐き出している。
7時過ぎにフランソワーズ来訪。「HAWAIIAN SPRINGS」、「温泉水99」を持ってきた。
ベッドサイドは水のボトルが本当に売るほど乱立している。その様子をちょっと扱い方を覚えたCASIO EXLIMSのデジカメでパチリと撮ってくれた。
図書館で借りてきてくれた何冊かの本を並べたとこでそろそろ消灯の時刻がせまってきている。
残念ながら本は読めそうもない。
(BGM sailing to philadelphia/ mark knoptler)
■ 晴 《入院19日目》
2003年4月26日(土)
CD等:late for the sky/jackson browne
夜よ、明けるな/ban ban bazar
東京都心本日最高気温27.9℃。初夏の気温というより、夏の気温だ。
今日から世間ではGWが始まった。
入院19日目。体調はだいぶ落ち着いてきた。熱も下がり、今朝は検温もなかった。
外の陽気は中にも伝わリ、オレは半袖Tシャツで過ごす時間が長かったかもしれない。
午後2時頃、ケンが来訪。第2弾のCDケースと「vittel」、「週刊文春」を持ってやってきた。前回第1弾借りていたCDケース約40枚を取り替える。ちょうど第1弾ほとんど聴き終わったところだ。
体調良かったのでロビーでしばらく話す。
話す時間も前回より長くなったかもしれない。
ケンが帰ったあとしばらくベッドで横になっているとスーッと眠ってしまったようだ。
しばらくして母親がやってきて目を醒ます。
バスタオルとタオルを受け取る。
ふと隣を見ると今朝までいた渡部さんという患者がベッドごといない。個室へ移ったようだ。どうもさらに重症になったような感じがする。
スーツの上着を片手に杉山直ちゃんが来訪。名古屋在住の彼はたまたま東京へ出張に来ていて今日これから帰るとのことだ。
ご丁寧にメロン、イチゴ、グレープフルーツを持ってきてくれたが生憎オレは食えないのだ。口惜しい。それからなにしろこの3つ、ジュースに焦がれているオレにまさしくうってつけの見舞い土産であるのでどうにもこうにも…。
それと「斎藤一人の百戦百勝」という本をもらう。スリムドカンで有名な斎藤一人の啓発本だ。直ちゃんの最近のお気に入りだという。
点滴を取り替えにきたナースに「合コン」しようと軽口を叩いていた直ちゃんが帰ったあとしばらく横になる。
ふたたびロビーへ。「超優良企業「さだお商事」」を読んでいるとフランソワーズが来訪。昨日撮ったデジカメ写真を早速プリントしたヤツを3枚もらう。
ついでに「指の運動やわらかボール」ってヤツをもらう。これをニギニギしなさいってことなんだろうけど、オレは脳梗塞じゃないぞ!リハビリ違いのような気がするが。
昨日彼女、夜に寄ったレストラン「さち」のオムライスの画像を見せてもらう。デジカメは便利だ。うまそうなオムライス。たんぽぽスタイル650円ってのは安いな。
オレはまだまだ「dancyu」で我慢だわ!
(BGM late for the sky/ jackson brrowne)
■ 晴 《入院20日目》
2003年4月27日(日)
CD等:島時間/大島康克
Maria muldraur/ Maria muldraur
Roochoo gumbo Y2K/ kalabisa
On the border/久保田麻琴
6時前に起きて点滴スタンドを引きずりトイレへ用をたしにいく。
ここんとこ起床時間は毎日こんなもんだ。顔を洗い、ハミガキ粉をつけずにハミガキをしてふたたびベッドに横になるとナースたちが動き出している。
排便の回数を聞かれ、検尿があればコップに取り、置いておく。今日はなかった。
7時。NHKの朝のニュースをTVで見る。顔がカサカサしているのでオロナイン軟膏を塗る。他の人たちは朝食だ。
TVを止め、CDに切り替える。
しばらくするとウトウト…。一眠りしたとこで回診だ。
今日は日曜日。窓の外は晴れあがった空。穏やかな陽射しが病室に入ってくる。
新しいシーツに取り替えてもらっている間、ロビーで池波正太郎「おおげさがきらい」の続きを読む。
読む本が友人たちのおかげでいっぱいある。聴きたいCD、MDもたくさんある。考え事をする時間もたっぷりある。
だけどなにはともあれいちばん先に考えることは食べ物のことだ。
今もCDを聴きながら「dancyu」をめくっている。
(BGM mr.bad guy/ freddie mercury solo)
■ 晴 《入院21日目》
2003年4月28日(月)
CD等:fire on bayon/ neville brothers
Days like this/ van morrison
Friday エビフライ/ ban ban bazar
Do right man/ dan penn
5時40分、便意をもよおし起きる。
トイレから戻りふたたびベッドへ横になる。
薄暗い中で深夜に血が逆流していた点滴のチューブをつまんでどうなっているか見てみた。
1本には10cmくらいまだ血が残っていた。深夜に呼び出した担当のナースが大丈夫だと言っていたのを思い出し、ウトウトする。
病棟はやがて朝を迎え、いつものようにあわただしく活気づいてきた。
外は晴れ。青空が広がっている。今日の東京最高気温は22℃の予報。
回診に医師が訪れたのは11時頃だ。
「今日のCTでいろいろアレですからね」
とこんな言い方はさすがにしないが、意味を含んだ言い方をしていったのは確かだ。
そう、今日の検査いかんで絶飲から解放されるかもしれないのだ。
それを医師は言っていたのだ。
水が飲めるかもしれない。今日で入院21日目。洗髪の許可が出た。
「ひるどき日本列島」を見終わって、点滴スタンドをゴロゴロさせながら久し振りに髪を洗いにいく。
オレはウキウキしていたと思う。
(BGM days like this/ van morrison)
■ 晴 《入院22日目》
2003年4月29日(火)
体温14時35分=6.4分 血圧15時=100/54
CD等:chicken skin music/ ry cooder
Yellow moon/ neville brothers
Blues at sunrise/ stevie ray vaughan and double trouble
満足できるかな/遠藤賢司
hourglass/ james taylor
正午過ぎ、いつものように「ごはんでーす。歩ける方は取りにきてください」とナースが患者たちに知らせる。
オレはまだ絶飲絶食。NHKの「ひるどき日本列島」を見終わって文庫本を手にロビーに出る。
点滴のおかげで空腹感はないものの、やはり食いたいなあという欲求はある。今日なら何がいちばん食べたいだろうか。
「江戸東京物語下町篇」の芝・新橋界隈の章を読んでいるところへフランソワーズ来訪。新しい花を持ってきてくれる。Tシャツ姿でイソイソと小さなガラスの花瓶を挿し換える。
外は晴れているのは知っているが、閉じた窓から見ての風景でしかない。
風が強いこと。しかも今日は昨日より湿度が高く暑いということをNHKの天気予報を見て知ってはいたけど実感などない。
だが、「外」からやってきたTシャツ姿のフランソワーズが「今日暑い!」と言うと、まさにオレにとっても実感となる。別にこれがフランソワーズじゃなくてもモリケンでも至極当たり前である。
彼女はまた「外」へ出て行くのだ。いいなあ。
錦糸町まで歩くという。「そごう」のあとのビルの7Fは100円ショップらしい。相当広いフロアらしい。
彼女を見送って読書のつづきをしたが、10分ほどでウトウトしてきたのでベッドへ戻る。
ナースに検温、血圧を測るというので起こされた。
だいぶ眠ったつもりだったが20分しか眠っていなかった。
夕方妹夫婦とオイとメイが来訪。6歳と3歳になる小さな子供たちは、オレの姿を見て面食らっていたようだ。
メイの方はびっくりしていて、いつものように明るく話しかけることは最後までなかった。
それでもいっぱしに心配顔していた。ありがとな。
■ 早朝=晴、やがて曇から小雨〜曇 《入院23日目》
2003年4月30日(水)
体温14時35分=6.4分 血圧13時半=108/78
CD等:chicken skin music/ ry cooder
Lyle lovette/ lyle lovette and his large band
With this record/ david lindley and el rayo-x
14時半、中山先生がおもむろにやって来て、ベッドの脇の丸椅子に座り
「加藤さんCTの結果見たらだいぶ良くなっているんでねぇ水ゥ飲んで結構です」
と一気に言った。
ちょっとボーッとしていたオレは目が覚めた。実際、横になってウツラウツラしかかっていたのだ。
「ただしィ、牛乳やコーヒー、ジュース果汁などの刺激のあるものはまだです。お茶。せいぜい紅茶ですね。それと水だけですけど。…。それでぇ下痢等の症状が弱ければあさってあたりから、流動食始めましょうか」
ウレシイ限りだ。
友人たちが持って来てくれたミネラルウォーターがたくさんある。
早速飲んでみることにした。
せっかくだ。ナースのひとりに氷を持ってきてもらう。
冷たいミネラルウォーター。
やっと飲める。23日ぶりだ。記念すべき初飲みウォーターは「volvic」にした。
ブルーのプラッチックのうがい用のコップに氷を4、5個入れ(これしかコップがない)volvicを注ぐ。ちょっとかきまわすとカラカラと氷が音を立てる。まるでバーボンだこれじゃ。
静かに一口含む。ここまではいつものうがいと同じ。
うひゃ!つめたい。さらにいつものクセで水を舌でコロコロと転がしてしまう。volvicの甘さが口に広がる。
さあ飲んでみる。ゴクリ。
23日ぶりに喉を通した。なんて新鮮。なんかうしろめたくもある。
なにしろ自制があたりまえだったのだ。禁じられていたことから解放されたのだ。
水はカタマリとなって食道を通過していった。
もう一口飲むことにする。口に含んで、あっまた舌先で転がしてしまった。そんなことしなくていいのに。
ゴクリ。
水を飲むことがこんなにも一大事に感じられるなんて…!
病気で入院してるからだと言ってしまえば身もフタもないが。
1杯目なくなった。2杯目は「Hawaiian Springs」にする。これはvolvicの次に好きな水だ.
氷をたし、ボトルの封を切って注ぐ。
なんだか酒を飲んでいるときのようだ。
またもや一口味わいつつ、ゴクリと飲む。旨い。
23日ぶりに飲む水が水道水じゃなくて本当に良かった。
水なんて以前はだいたい一気に飲んでいたものだが、もはやそんなことは出来ない。ゆっくりと一口一口味わいながら飲んでしまう。本当、酒を飲むように飲んでしまう。
ああ、グラスで飲みたいな。ぜいたくか。
お茶も飲めるんだ。湯呑みが欲しい。ぜいたくか。
紅茶も飲める。烏龍茶も飲める。
ああ小便がしたくなった。コップ3杯の水を35分かけて飲んだからだろう。
夕方6時半。ナースからもらった氷はもう溶けた。
新しいのをもらってみる。うわっ氷山盛り持ってきたぞ!うがい用のプラッチックのオケにいっぱいだ。「vittel」のニューボトルがまだある。あとでトライしてみようか。
公彦からメールがあった。その後の状況どうか聞いてきた。大部屋へ移動になったこと、体重が4キロ減ったこと、水飲めるようになったことを伝えた。レスでナースの言うことを良く聞くようにと言ってきた。またそのうち見舞いに来るとも言ってきた。
マユミちゃんからもメールがあった。彼女も顔見せてくれたらいいな。それからワラス!どうしたんだッ!
23日ぶりに水が飲めるようになったとマユミちゃんにメールしたら驚いていた。彼女は以前2日間飲めずにいたことがあったらしい。
23日ぶりだもんな。文字にするとタイヘンというより自分でも信じられないわ。さっき湯沸室のポットにあるほうじ茶をもらってきた。水以外の味のする飲み物を口にするのも同じく23日ぶりだったが「水」のインパクトに勝ることはなかった。
19時。フランソワーズ来訪。100円ショップで買った「スポーツトレーニング棒」と植草甚一「退屈の利用法」を持ってきた。
今夜これから門仲でコテヤンライヴ。モリケン、ハラダ、マスターによろしくってことでデジカメに今のオレを収めてもらう。飲めよ〜みんな!!オレは水だ。
それにしても、ん〜旨い。水こそ「命の水」!んっ?
nik v1.6